日本プロセスワークセンター教員

松村 憲野元 義久

集団の無意識が変容のエネルギーになる(前編)

HOMETalks集団の無意識が変容のエネルギーになる(前編)

フロイトやユングにも代表される深層心理学の流れをくみながら、米国の心理学者ミンデルによって創始された「プロセスワーク」。「プロセス指向心理学」とも呼ばれ、対話によって自身の無意識が与える心身への影響と向き合い、より良い人間性や社会との関係性を実現させるものとして注目されています。そのトップランナーの一人である松村憲氏をお迎えしての対談を前後編でお届けします。前編では、プロセスワークの概念や社会的価値、そして組織への活用の可能性などについて伺いました。

個人だけでなく“集団の無意識”にアプローチする心理学体系

野元
松村さんは、プロセスワークの先生であり、共に学ぶ仲間であり、と、様々な形での長いお付き合いになりますね。
松村
15年ほど前の、米国プロセスワーク研究所のゲリー・リース博士の来日講演の時からですかね。私は日本側の教員として通訳で参加していました。その後、野元さん自身がプロセスワークのコーチングを受けたいということになりましたね。
野元
きっと“ご縁”を感じたのでしょう。松村さんには私の変容に伴走しながら深いコーチングをし続けていただいている実感があります。
しかし、「プロセスワーク」は未体験の方に説明が難しい!松村さんはプロセスワークをどのように紹介されていますか。
松村
「ユング派の深層心理学がルーツ」と説明しています。すると夢診断のイメージのためか、ちょっと怪しげに思われがちなんです(笑)。でも、深層心理学の創始者であるユングは、当時は時の人でスイスの名門・バーゼル大学の教授職を依頼されたり、ハーバード大学に名誉教授号を与えられるほど最先端の学者でした。歴史的にも正当な学問として認められ、思想や哲学にも深く影響しながら、社会や人にダイレクトにアプローチできる実学でもあります。
野元
それを体系として統一的に使えるようにしたのが、創始者のミンデルですね。
松村
そうです。彼はもともとマサチューセッツ工科大学で物理学を学び、アインシュタインがいたチューリッヒ工科大学に留学したのですが、そこで深層心理学に出会い、ユング研究所で学んでユング派の分析家になっています。ユング心理学は”個人の意識”が対象ですが、ミンデルは対象を身体性にも拡張させ、さらに人間関係や家族、組織、社会へと広げています。個人へのアプローチは大切だけど、世界にもアプローチしないと学問として社会に貢献しきれないと考えたのでしょう。
野元
個人の深層心理モデルを、人間関係や社会、世界にまで応用した学問体系というわけですね。
松村
ええ、学問体系としてはユング派もフロイト派も世界中で展開されていて、教育・医療などで深く学んでいる人は多いです。ただ、対象を集団としたものは少なく、プロセスワークは集団や組織に対して最も深くアプローチしている流派だと思います。個人に問題がなくても、社会や組織に問題が起きることは普通にありますよね。そこに理論や実例をもってアプローチできるのがプロセスワークなんです。

松村 憲×野元 義久

無意識の意識化から生まれる深いアプローチ

野元
組織開発を生業とする私が、プロセスワークに興味を持つのは自然なことだったんですね。「過去の成功事例を高速回転する」ことで成果を出し続けようとする企業が、やがて疲弊し生産性を低下させていくことは明らかです。誰も上手くやろうと悪気がないのに、結果は上手くいかない。変われない。そうした苦悩をお持ちの企業に対して、プロセスワークで解決の緒が見いだせないかと思っています。
松村
ビジネスでの興味関心だけでなく、野元さんご本人のこととしてもご興味をお持ちですよね。
野元
はい(笑)。誰もが自分の中に相反する要素や複雑さを抱きつつ、どこか目をつぶって蓋をして生きているところがあります。「これが自分だ」と信じていたことに揺らぎが生じ、公私の「自己同一化」を図りたいと考えたわけです。プロセスワークの「アイデンティティ」や「エッジ」という概念に触れ、そんなものがあるのかと目からうろこでした。
松村
アイデンティティとは、思い込みやメンタルモデル、よくいえば信念ともいいますが、そうした無意識が変容や他者理解の足かせになっている。気づいても簡単には切り離せないけど、アイデンティティとの付き合い方がわかるというか、おもしろいんですよね。切り離そうとするときに訪れる障壁がエッジ。
野元
自分のエッジを直視するのはしんどい(笑)。でも、これらのフレームを理解しておくと、組織を見立てる時にも「声にならない声」を意識したり、繰り返される言葉から思い込みに気づいたり、多面的・多層的な観察を意識できるようになりました。ブリコルールという社名は「今あるものを活かして、まだないものをつくりだす」という意味なのですが、プロセスワークを通じて、組織や構成する個人の「今あるもの」を丁寧に観察することを鍛錬できたと感じます。私たちには本当に役に立つ実践的な理論体系です。
松村

フレームを知らなければ「多面的・多層的に組織を見よう」とか、「語られない言葉から思い込みに気づこう」なんて言わないですもんね。

プロセスワークはとらえどころなく見られてしまう傾向があるので、あえて構造化は意識しています。だから右脳的に見えて、実は左脳もバリバリ使ってるんです(笑)。フレームに基づいて言語化するというのは人の叡智の1つで、他者との共有もしやすい。でも、捉われすぎるのも人間なので、身体性や言語化しにくい感情に立ち戻ってバランスを取ることが大切だということですね。

松村 憲×野元 義久

フィールドとのつながりを意識して影響を与えること

野元
私がプロセスワークに感じる魅力は、”今“とか”自分“に影響を与えていることも大局から解きほぐそうとするところです。
松村

そう、「時代や世界、社会が何を求めているか」を意識することは、プロセスワークの理論モデルで非常に重要な部分です。人は誰しも小さな存在で、好き嫌いも言語の壁もあるけれど、それはあくまで表面。根の部分はもっと大きなものにつながり、動かされ、逆に一人ひとりが相当な影響力で世界に関わっています。ただ、みんな無意識なので、「アウェアネス=意識化・気づき」が重要だと訴えているわけです。

現実は「コンセンサスリアリティ=合意上の現実」だけではありません。たとえば、人生の多くは必ずしも「こうなりたい」と願ってきたわけではなく、意識しないことに影響を受けてきています。先程、私との出会いを”ご縁”とおっしゃったのもそれですよね。組織も、誰もが「こうしたい」と思っていたとしても、その通りにいかないことも多い。それは頭で捉えている現実だけでなく、個々人が根ざしている深層のフィールドから影響を受けているからなんです。

野元
問題を抱えた組織と接するとわかります。皆が近しいことを望んでいるのに、なぜか上手く進まない。何か他の大きなものに囚われているという感じで。
松村
そう、フィールドが磁石なら、個人は砂鉄です。フィールドの影響が、いいご縁にもなれば、人間関係のトラブルや違和感になったり、病気として身体に現れたりします。
野元
そのお話は、私が学んでいる陰陽五行論とも共通しています。
松村
まさに仏教や東洋思想で捉えようとしたのもフィールドの”流れ”ですから。風水では”龍脈”と表現されたりしますよね。
野元
陰陽五行論では「自分が何をすべきか、どんな役割として生まれてきたのかを掴むことが大切」と説いていますが、企業経営にも通じます。ミッションは役割と訳されますが、役割を果たすことが、職場というフィールドにもいい影響を与え、個人に還元されます。たとえ小さい規模でも、社会という大きな存在に影響を与えられることを認識できれば地に足をつけて進めます。

松村 憲×野元 義久

微分的に大局の変化を読み解き、自身の役割を融合させる

松村
龍脈を捉えて自分と融和するのが”幸せ”なのは必然とも言えます。時代とともにフィールドが変わり、集団の価値観も変わり、同じふるまいでも昔と今では満足感が異なります。そうした齟齬は世代間で出やすいのですが、変化が激しい時代にはその差が大きく、一人の人生でも差異が生まれることがあります。
野元
高度経済成長時代の勢いから成功体験を得ている私世代が経営層になり、一方で新しい流れをくむ若い世代が経済活動の中心を担うようになって、齟齬や違和感が生まれるのも当然ですよね。かつての日本は「最適解を見出して高速回転」で成果が出た。だから均一化や滅私奉公でも「今とこれからの幸せ」が感じられた。でも、多様化やワークライフバランスの尊重、SDGsへの試みなど、従来の価値観を脅かす考え方が広がり、将来が不安だと感じる人も多い。歴史のある会社ほど、ゴーストとも表現される旧来の文化に囚われ、変化が難しいことを実感します。
松村
答を与えられない時代に自らで最適解を出そうとする苦しみなのでしょう。プロセスワークは「変化の心理学」ともいわれ、個人も組織も変化していくことが前提です。変化の苦しみの裏側には無意識の希望や期待があり、そこに気づき向き合うことで、より良い融合を見出していこうという意図があります。既に変化に気づいて「変わらなくては」と意識されているなら、無意識との齟齬に向き合えれば、次になすべきことは見えてきます。
野元
それは興味深いですね。「変わらなくては」と意識しているけれど、変われない。その苦しみがわかるという人は多いのではないでしょうか。ただ、プロセスワークを通じて「気づく」鍛錬をすると、そのフィールドの変化も大きく感じ取れ、受け入れられる実感があります。そう考えると、プロセスワークは微分積分の“微分”みたいですよね。将来を予測するために、小さな箇所を切り取って動きを見るという。
松村
まさにそれです。そうした思考を左脳的に鍛える。感覚はもちろん大事ですが、観察からここに起きている事象が、大きな流れとどうつながっているのか推測するわけです。
野元
具体的には、社員や顧客に丁寧にアプローチすることで、表層だけでなく無意識にも触れ、その源流であるフィールドの変化も捉える。そんな理解をしています。
松村
それができれば、優れた経営者やリーダー、マーケターや営業のスペシャリスト、トレーダーやアナリストがどんどん生まれますね。ちょっとした言葉使いや行動変化などのシグナルを察知して、大きな枠組みで未来予測できることになります。ただ組織の下層には国や社会、世界などのフィールドがあって、それらと分断してアクションを重ねても決して上手くいかない。極端な話、社会と不適合なブラック企業では幸せにはなれません。個人は家族や企業などを通じて、世界の大きなフィールドとコネクトしていることを意識することが大切です。
野元
企業におけるビジョンやミッション、バリューの策定は社会と自身の橋渡しなんですね。さらに個人から組織、社会や世界と視点を広げ、プロセスワークの可能性を語り合っていきたいと思います。

松村 憲×野元 義久

撮影協力:重要文化財 自由学園明日館

GUEST PROFILE

松村 憲

(株)BLUE JIGEN代表取締役、バランスト・グロース・コンサルティング株式会社取締役、日本プロセスワークセンター教員、認定プロセスワーカー、国際コーチング連盟認定PCC

プロセスワーク理論を活用した組織開発コンサルティングやエグゼクティブコーチングの日本でのパイオニア。組織文化の変容や、組織における人間関係、葛藤解決などを得意領域とする。著書に『日本一わかりやすいマインドフルネス瞑想』、訳書にアーノルド・ミンデル著『対立を歓迎するリーダーシップ』『プロセスマインド』などがある。

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