株式会社ナラティブベース 代表取締役
江頭 春可野元 義久
フリーランスチーム「ナラティブベース」を立ち上げ、語り(ナラティブ)の力で“はたらく”を進化させていくことに取り組んできた江頭春可氏。同社の組織づくりやカルチャーは、心理的安全性や働き方に関するアワードを受賞するなど高く評価されています。江頭氏のリクルート時代の先輩である野元が、ナラティブベースという組織のユニークさと、その組織づくりの経験から得たものについて伺いました。
私たちが一緒に働いていたのは二十数年前ですね。
はい。リクルートに入社して最初に営業の仕事を教わったのが野元さんでした。ですから、私の中には野元さんの姿が「営業とはこういうもの」とインプリンティングされています。
江頭さんは物怖しない人だなぁという印象がありましたね。「なんでも聞いてね」とこちらが言っても本当に何でも聞く人はなかなかいない。けれど、江頭さんはわかっているふりをせず、ちゃんと何でも聞いてくるなあ、と(笑)。
私は大学卒業後しばらく演劇に打ち込んでいてビジネスキャリアのスタートが遅かったので、「なりふりかまわずやらねば!」みたいな焦りがあったんだと思います。思い起こせば通勤も営業の移動中も、いつも走っていて、ハイヒールは何足も潰すし、周りの景色もあまり目に入っていなかった(笑)。
江頭さんはその後フリーランスとして独立し、出産・育児をしながらフリーランスチームで業務委託事業を始めました。その延長で2011年に立ち上げた株式会社ナラティブベースは、かなりユニークな会社ですよね。組織コンサルタントの私としては、ナラティブベースの組織の成り立ちやメンバーの個性の活かし方に非常に興味があります。今日は是非そのあたりを紐解いていきたいと思います。
まず、ナラティブベースとはどんな会社なのか、基本的なところをお聞かせください。
簡単に言うと、様々なスキルセットを持つ45名ほどのフリーランスや複業者をメンバーに持ち、「業務改善」「組織文化づくり」「Webマーケティング」などの領域における支援をプロジェクト型で行っている会社です。例えば、業務改善プロジェクトでは煩雑なものの整理が得意な人や業務フローを引くスキルのある人で。組織文化づくりプロジェクトではグラフィックファシリテ―ションやワークショップデザインを学んでいる人で。など、支援内容に適したメンバーでプロジェクトチームをつくって取り組みます。
設立当初からオフィスをもたない“フルリモート”の会社ですよね。コロナ禍前の当時としては珍しいスタイルだったと思いますが、どのような意図があったのでしょうか。
戦略的にそうしたわけではないんです。私自身が「時間や場所に縛られず、もっと自由に働きたい」という強い思いでフリーランスとして働き始め、そこに共感・賛同してくれる仲間が増えていって会社になった…という流れなので、“フルリモート”は「最初からある環境」という感覚です。
ただ、そうして自分が経験してみて、自己決定していくことが多く幸福度の高い働き方だなと実感し、これがもっと広がったらいいのに…と思っていました。ですから、コロナ禍を機にリモートワークが日常のマジョリティのものになった時は、「やっとみんなにわかってもらえる!」と思いましたね。
時代が追い付いてきたということですね。今のメンバーは全員女性だとか。
結果的に今そうなっていますが、男性を排除しているわけではないんです。いち早くこの働き方を必要とし、「面白そう!」と飛び込んできたのがワーキングマザーをはじめとする女性たちだった、というだけです。
男性・女性で分けるつもりはないのですが、“男性”性・“女性”性は意識するところではあります。素直に人を頼って助け合い、成果をみんなでシェアするというナラティブベースのカルチャーができたことには、メンバーの女性性の高さが大きく寄与しています。私自身はリクルートで男性性の高い働き方をしてきたのですが、ナラティブベースに集ってきた女性たちのおかげで女性性が活きた組織づくりの価値をその経験から実感させてもらっていると思っています。
リモートのみでの組織づくりには相当な工夫が必要だろうと思います。ナラティブベースの場合は、やはり社名にもなっている“ナラティブ”がキーワードなのでしょうか。
自分で社名をつけておいて何ですが、最初はそれほどナラティブを意識していませんでした。強く意識し始めたのは、メンバーが増えて多数のプロジェクトチームが稼働するようになり、うまくいくチーム、つまり成果を出す質の高いチームの再現性をどう上げていくかを考える必要が出てきたころ。それぞれ違う「あたりまえ」を理解し合うために、コミュニケーションにさまざまな工夫やコツが生まれていることに気づきました。そこで、それぞれの経験則をみんなで語り合い、パターン・ランゲージという手法を使って、「自律」「開示」「承認」などに関する19の共通言語として可視化していったんです。そのなかで、私たちが実践してきたことはナラティブ的なチームビルディングなのだと自覚するようになりました。
江頭さんの言う“ナラティブ”に近いものとして、ブリコルールでは“コンテクスト”という言葉をよく使いますね。表面的なやりとりだけでは理解し合えない互いの背景や文脈を共有しようと心がけています。
私たちは老舗企業や親族経営の会社とご一緒することが多く、長い時間をかけて築かれてきた伝統の文脈や、多様な立場の利害関係者それぞれの背景に、丁寧に心を寄せなければとても務まりません。個別を凝視することと全体を俯瞰することも、自然と磨かれてきたように思います。「今あるものを活かして、まだないものをつくりだす」というブリコラージュを実現するには、“あるものを丁寧に観る”ことが欠かせませんからね。
重ねて言うと、今あるものや今起きていることを「ポジティブかネガティブか」という単純な評価で終えないようにしています。例えば部門間で衝突が起きたとします。衝突は歓迎されないことなので対処しますが、衝突が起きたエネルギーの源泉はなんだったのか?そのエネルギーはこれからの変容に活かせないのか?という視点からも観てみる。起きたことには必ず意味があるはずで、その意味をいろんな角度から観ようと努めています。そのスタンスはナラティブベースに近いのかなと。
なるほど、確かに近いスタンスを感じます。
ブリコルールさん内部の関係づくりとしても、互いのコンテクストを擦り合わせるために行なっていることや代表として意識していることがありそうですね。
社内においては20数年も一緒にやってきたメンバー同士なので、コンテクストを共有し尽くしているような…そこにあぐらをかいて手を抜いているような(笑)
でも、例えば、一人でできそうな仕事も2人でやるようにしています。これはお客様を複眼で観察できるようにしたいと始めたんですが、それによってメンバーの最前線での佇まいも観えるんです。発する言葉、そのタイミング、お客様が言った言葉の解釈の仕方も自分とは違う。この“違いを活かす”ということにはこだわってきましたね。
対話しながらチームで仕事をしていくうえでは、「会社側が用意するものに乗っかる」という受け身ではダメで、メンバー一人ひとりの主体的参加が重要ですね。
みんなが主体性をもつ、いわば「手を伸ばし合う」という私たちのカルチャーは、チームが自走するための生命線と言えます。そのカルチャーが魅力や求心力となって参加する人が増えていますし、一方で、そこにフィットしなくて離れていく人もいます。
そういう時、江頭さんはリーダーとして、自分の描いているような姿にするために何かコントロールしようということもあるのでしょうか。
いえ、「自分がコントロールしている」という感覚をもったことは一度もないですね。いろんなことが場において自ずとでき上ってきて、どんどん展開している、というイメージです。
ただ、ナラティブベースは自分が産んだ“子ども”みたいなものだから「嫌いにならないで」みたいな気持ちはありました。だから人が離れることに恐怖や不安を感じ、「自分の組織運営が間違っているのかもしれない」「何がいけないんだろう?」などと思い悩んだ時期もあります。今はそれも乗り越えましたね。
「嫌いにはならないで」ってわかるなー!それはどう乗り越えたのでしょうか。
同じビジョンや目標の下で力を合わせていても、個人の「どう生きたいか」「どんな仕事をしたいか」はばらばらなのだ、という認識の上に立てたことが大きいでしょうか。
個のばらばら感が、ナラティブベースは特に激しいと思います。そんなメンバーたちとナラティブを重視して対話していくうちに、「組織のビジョンに興味がある」というよりは、場に参加することで「自身のビジョンを叶えたり自身のキャリアを歩んだりしたい」という人が多いんだ、と気づいていきました。そして、無理に共感をつくることより、プロセスを一緒に楽しんだり支え合ったりすることを大切にしようと思った時、「嫌いにならないで」というエゴのようなものを手放せた気がします。
ばらばらな個でよいとは、今では良く言われています。リーダーがそう腹を据えるのは難しいですが、大切ですね。
加えて、その場に、自分のばらばら感を安心して出せる心理的安全性があることも大事だと思っています。
かつての自分のように景色を見る余裕もないぐらいがむしゃらになるだけでは、ほかの部分はなかなか出てこないでしょう。でも、みんながリラックスして「ほかの部分も出していいんだよ」「そっちの部分も見せて」などと話せるナラティブベースでは、「この人のこういう面はプロジェクトに活かせるのではないか」「未経験だけれどやってみたいと言えた」といったことがどんどん出てきます。いわゆる専門職からスタートしていないメンバーも多いのですが、自分の得意や好きが引き出されて生き生きとチームにコミットしていくと、この場をつくってよかったと、私自身も力をもらったり成長できたりします。
存分にばらけられるからこそ、本来の可能性が開かれて個の成長につながるということですね。
はい、そういう具体例がたくさんあって。例えば、「私には専門的なスキルは何もない」と言っていたメンバーは、いろいろなプロジェクトに関わるうちに、実はヒアリングしたことのインプット力に驚くほど優れていて、商品やツールの比較検討がすごく得意だということがわかってきたんです。そうした力を活かして今、業務体制づくりのプロジェクトで、現場の声を吸い上げて混沌とした業務を整理し、SaaSを比較検討して最適なサービスを提案するなどし、お客様から厚い信頼を得ています。
また、男児3人の子育てでブランクの長かったメンバーも、最初は「得意なことがわからない」と言っていましたが、いざチームで働くと他者への気配りやタイミングをみた適切な声かけがとても上手いんです。徐々に社内ミーティングではファシリテーターを務めるようになり、本人も興味が出てきて大学のプログラムでワークショップデザインを学び、お客様の組織づくりにも大きく貢献しています。
こんなふうに自然発生的な成長を、ナラティブベースという場から起こせている自負はありますね。
ナラティブベースのメンバーの報酬の基となる評価制度はどうなっているんですか? ブリコルールは企業の人事制度づくりにも携わるので、気になるところです。
実は、ナラティブベースには「評価」がないんですよ。あるのは「見積もり」だけです。
細分化した業務ごとの報酬レンジが決まっていて、プロジェクト発足時はそれを基に、チームのみんなで自らの提供価値を踏まえて話し合いながら見積もっていきます。「チームづくりは見積もりから始まる」という社内の名言があるぐらい、この見積もり作業は私たちにとっては要です。プロジェクトを取り巻く環境の状況や、自分や相手がそのチームで担える役割などに対する理解力と想像力が、組織の隅々まで働いていないとできないことですから。
なるほど。それで見積もり通りのサービスが提供でき、お客様から対価が支払われると、それぞれにフィーが分配される、と。
そうです。そのなかで、信頼されて「また一緒に仕事したい」と思われると、たくさんのチャンスが舞い込み、報酬も増えていきます。メンバー一人ひとりがひとつの“商店”のようなもの。自分は何ができるのか・できないのか、他者ではなく自分の基準をもって宣言、交渉しながら、「信頼されて繁盛する、いいお店になろうね」と言っています。
私たちブリコルールの指標はシンプルなんです。多くの会社が目標にする売上については「目標」ではなく「目安」と言って、「ある程度の報酬を担保するにはだいたいこれぐらいを目安にしておこうか」といった具合に緩やかなすり合わせに留めています。大切にしているのは別の指標で、「今年のお客様の7割が翌年もお取引していただけて、それが3年間続く(3年で自走状態へ導く)」というものです。10年近くやってきて、この指標が自分たちにとって快適な状態をつくるという感触を得ています。
皆さんで体感的に共有できているの、すごくいいですね。
クチコミ量やリピート率という測り方に比べるとだいぶいい加減に見えるかもしれませんが、要は、「自分たちが大切にする指標はこれ」と思えることが大事だと思います。企業において、上から下りてくるだけの目標はすぐに目的が見失われてしまいますし、決められた指標だけで評価されるとことにはどこか気持ち悪さが生じてしまい、評価・報酬の不満にもつながると思います。
確かにそうかもしれません。人をどう評価してどうお金を分配していくかは、その会社の哲学が表れますね。ですから、近年注目されているティール組織やホラクラシー型のような分散型の組織体制を導入しようとする時、評価や給与体系を変えない限り、組織が大きく変わることはないように思います。
江頭さんのフルリモートの組織づくりの経験は、さまざまな経営者や管理職の皆さんのヒントや刺激になりそうです。
実際にいろんな組織のお悩みを伺うなかで感じるのは、経営者や管理職が、恐れや不安、つまり自分の弱みを見せていくことが、一番難しくて一番大切なんだな、ということです。素直な弱みを見ると、人は本能的に助けたいと思い、行動や意識が変わっていくもの。それをもっと信じていいのではないかと思います。メンバーに一方的に主体性を求めるのではなく、「いっしょに」をつくっていく感覚を醸成することが大事なのかもしれません。
「いっしょに」がいったん起動し始めると、実は「恐れ」そのものが和らぎ、すこしずつ組織やチームに「不安定や変化が楽しめる」基調が出てくることを、私はナラティブベースで経験させてもらいました。今日お話ししたような体験や、その中での獲得したものを使って、微力ながら悩める組織に変化を起こす仕事をしていきたいと思っています。
弱みを見せると強くなれる、ということですね。リーダーもメンバーも一緒に歩んでいく絵が浮かびます。私は全員が「成長」だけでなく「成熟」を意識していることが大切だと考えています。
ナラティブベースの実践は雇用創出のリアルな事例でもあり、いつも答えは現場にあるということを再確認しました。江頭さんがこれまで常に、自分や自分の会社に対して「なんでも臆さずに聞き続けた」からこその要諦をご紹介いただけたと思います。これからも共に学び続けていきましょう!
1995年早稲田大学人間科学部卒業後、在学中に旗揚げした劇団で演劇活動を続ける。1996年株式会社リクルートに入社。ネット広告営業担当後、メディアサイトの企画設計、広告商品開発などを行う。2001年にフリーランスとして独立し、2児の出産・育児をしながらフリーランスチームで業務委託事業を開始、2011年に規模拡大のため法人化、株式会社ナラティブベースを設立。同社は2020年に「Work Story Award 2020」(主催:一般社団法人atWillWork)の企業文化・風土賞/デジアナ・バランス賞をダブル受賞、2022年に「心理的安全性AWARD2022」(主催:株式会社ZENTech)のシルバー賞を受賞。2021年より日経COMEMOオピニオンリーダーに就任。