- 野元
- 夫婦で事業を運営していくことの意義やメリットなどはどのようなところにあると思われますか。
- 季世恵
- 夫婦であるいいところといえば、仕事以外でもずっと一緒にいられて、彼の表面に出てこない思いや無意識で求めていることもわかってきて、そうしたところも含めてフォローできることでしょうか。それでDIDを持続可能にするには、彼の仕事の負担を減らすことだけでなく、皆に彼の願いに深くコミットしてもらうことが大切だと思いました。結果として、真介は何も言わなかったけれど、倒れたことでスタッフのみんなが「代表は強いと思っていたらそうじゃなかった」と気づきました。実質SOSのようになり、皆の「助け合おう」という気持ちが強くなったんです。誰もが巻き込まれるような環境というか、「助けられる」ということも大事なんだと感じました。
- 野元
- いつもリードする側だった真介さんが助けられる側になったことで、全員の結束力が一気に高まったのですね。
- 季世恵
- そうです。同族でなくても、何かしらのきっかけから強い結束が生まれれば事業が継続できることを改めて実感しました。当時のメンバーはもちろん、卒業したアテンドが帰ってきて協力してくれたのもありがたかったですね。中には子育て真っ最中にご両親のサポートを取り付けて、お母様が沼津から東京にいらしてくださった。そんなメンバーもいました。こんなに弱い団体なのに、24年続けてこられたのは、そんなふうに人とのつながりが濃厚だからかなと思います。私は誰かが卒業するとき、応援する気持ちがあっても寂しさもあって泣いてしまうし、まるで母親なんです。100年続いた老舗の企業の経営者やベテランスタッフにもそういう方が多いらしく、共通するものを感じます。
- 野元
- DIDの体験が日常にあるお二人だからこそ、どんな人にも分け隔てないコミュニケーションをなされるのでしょう。元々のお人柄もあるのでしょうけれど、DIDがご自身の生き方と結びついていることを強く感じます。
- 真介
- 全く違う感覚や文化を持つ人が、同じ目的・目標をもって協力し合うという意味では、季世恵との関係にも、DIDの組織や事業にもすべて共通しています。”夫婦だから”一緒に経営しているわけではないんです。むしろ夫婦である時間は少ないくらいで、歯を磨いていてもシャワーを浴びていても、各自がDIDをより良くすることをそれぞれ考えていて、そのリズムや考え方がまったく違うので、すり合わせにはいつも苦労しています。でも、それも含めて納得ずくで、私たちの行動指針なんですよね。
- 季世恵
- もうね、巻き込まれたというか、夫婦揃ってずっと考え続けているというか…。でも、本当に全然、何もかも違いますね。
- 真介
- 二人は考える方向が違うし、感じること、見え方も全く違う。たとえば、救急車が通って車を停めた時、私が「遅れそうだな」と思っていると、季世恵は「乗っている人が早く治りますように」と祈っているんです。医療関係者だったこともありますが、それが彼女の感覚で文化なんですよね。まったく違うからこそ組めるし、同じ目標に向かうのに効率的でないこともありますが、柔軟で強い関係になり、「だからこそ」生み出せるものがあるように思います。"太陽のアプローチが”ソーシャルエンターテインメントであり、それを提供するDIDの組織のあり方だと思っています。
DIDを次の世代に引き継ぐために、体験の種を蒔く
- 野元
- お二人が育ててきたDIDの組織や取り組みによる社会への影響力は、着実に高まっているように感じます。今後は、どのように発展させていかれるつもりですか。
- 真介
- どんな事業もそうですが、人間の人生の時間軸では成功したかなんてわかりません。DIDが目指す社会変革も決して容易ではないので、取り組みが代々続くことが必要と考えています。そんなことを考えていた時に、サグラダ・ファミリア教会をつくったガウディも同じ考えなんじゃないかと二人で同時に思い至って、2回目の手術の前、少し時間が空いた時にバルセロナに行って見てきました。
- 季世恵
- ガウディが感じたことをその場で感じたいと思ったんです。ガウディはやり続けるために、本当にいろんなことを手掛けていて、たとえば職人の子どもたちのために学校まで造っているんですよ。それでDIDでもちゃんと人を育てなくちゃと思って、対話のプロフェッショナルを養成する「ダイアログ・アテンドスクール」を開校しました。アテンドになることを目的とする人、社会に関わりをもっと持ちたいという思いを持っている人もいます。それぞれ自分の中にある能力を見つけて高めてほしいと願いながら続けています。
- 野元
- 単にアテンドになるための学校ではないのですね。それはDIDとはまた違ったアプローチとして興味深いですね。ガウディはすべてを設計図に描かず、後の人たちへと余白を遺した。次世代が活躍できるフィールドをつくるということですね。
- 季世恵
- あるアテンドが「自分は未来の職業の選択肢の幅を広げたいから続けている」と言っていて。そんなふうに、いろんな体験をしてもらって、就きたい職業に就くまでの”つなぎ役”にもなれたらいいなと思っています。そして、これもガウディと同じ発想なんですが、事業を継続するための基金をクラウドファンディングで集めることもあります。
- 真介
- 当初DIDを始めた頃に、季世恵から「『鎮守の森』みたいに少しずつ皆でお金を出し合ってやろうよ」って言われたんですが、私は「ちょっと効率が悪いな」と思って手を付けなかったんです。大手のスポンサーの方が安定すると思っていたんですよ。
- 季世恵
- 私は、ホスピスとか緩和ケア病棟を日本に作ろうと動いていた頃で、スポンサードしてもらう難しさを実感していました。そんな時、ちょうど「ガイアシンフォニー」という映画のクラウドファンディングがあって「これだ!」と思って提案したんです。結局、理解してもらえるのに20年かかりましたが…。
- 真介
- 基金の立ち上げ直前というところで、いきなりコロナ禍になり、これはもう続けられないかもしれないと思いましたね。このまま閉鎖することになって、悔いが残るとしたら、「子どもたちに体験してもらっていないこと」だったんです。子どもの参加は、海外に比べて日本は極端に少なく、それは参加費用のせいでもありました。それで子どもたち5000人分の無料体験費用をクラウドファンディングで募集したところ、大きな反響があったんです。
- 季世恵
- 子どもたちに体験してもらうことで、コロナで日本からDIDが消えても、大人になってから「DIDを再現したい」と取り組む子どもが出てくるかもしれないと、種を蒔くような気持ちもありました。実際、ステキなことがいっぱいありましたよ。児童養護施設にいる子どもが「がんばってお金を稼いで、大人になってまた来たい」って言ってくれたり、「仲間になってくれる?」って聞いたら笑顔でうなずいてくれたり。
- 野元
- それは嬉しいことですよね。経営継承とか後継者探しというと、経営のことをわかっている人を探してくるとか育てるという考えだけになりがちですが、学校もクラウドファンディングも、人の心に小さな種を蒔く大切さを実感します。ソーシャルイノベーションだからこその時間軸でもあるのだろうと思います。
サステナブルな組織を目指し、チーム経営のあり方を模索
- 野元
- 直近の後継者についてはどう考えていらっしゃるのでしょうか。
- 真介
-
運営の後継者選びに関しては、「世界の何処かにいるかもしれない」という前提で、想定はしています。あと2年ほどの間には決めたいと思っています。その意味では、この対話を読んでくださっている方の中に、その適任者がおられるかもしれません!
実は、世界中のDIDの主催者が集まるインターナショナル会議がイタリアであって、ひさびさに創始者のアンドレアス・ハイネッケに会ってきたんです。彼も運営から退いて、「立場を変えてやりたいことをやる」と言っていました。
- 季世恵
- 辞めるのかと思って泣いて止めたのですが、「後継者候補に自分と同じ人を探していると時間が経つばかりなので、チームでやっていく方法を考えたい」というんですね。同じように、私たちも代表者が不在でも、いろんな能力や文化を持っている人が協力し合って運営できる方法を考えています。
- 真介
- 本当のリーダーって、動物の群れでいえば後ろにいたりしますよね。私たちも60代になって、先頭は若い人に譲って、それを応援する立場になることが必要だと思うようになりました。実際、他の人に任せたら、自分で考えて行動し始めるんですよ。遅い時間までがんばってくれたり、家に帰ってもずっとDIDのことを考えたりしている。働き過ぎないように気をつけてほしいと思いつつ、実はやっぱり嬉しいです。
- 季世恵
- おそらく私たちが気づいている以上に、皆それぞれDIDについて考えてくれているんだなと思います。メンバーはもちろん、広告代理店に勤めている次男も「中小企業を応援する媒体を作りたい」と言っていて、私たちのことを考えてくれているようです。そんなふうに中で外でDIDについて見守り、考えてくれる人が増えてきています。
- 野元
- お二人とも、すごくチャーミングで…って先輩に失礼ですが(笑)。周りに何かお手伝いしたくなる、一緒にやりたくなるという人が多いですよね。すごいお二人なのに、対等でいてもいいのではないかという安心感を与えてくださって。
- 季世恵
- 私の場合、脇が甘いと言うか、子どもたちにも「手伝わないとダメだ」と思われているようで(笑)。でも、それによってフォロワーがたくさんいてくださるのは、本当にありがたいことだと思います。
- 真介
- 野元さんも、そして私もそうですが、「助けて」と言えない人でも、言いやすい、または察してもらえるようになることで、居心地がよくて強い組織や社会になっていくように思います。最近、それに気づき始めた企業の経営者の皆さまが増え、研修などで多くDIDを活用いただくようになりました。
- 野元
- 私も人事コンサルタントの仕事を通じて、大きな変化のうねりを肌で感じています。手法はそれぞれですが協力し合って、人の心を動かし、よりよい組織や社会づくりに貢献できたらと思っています。本日は誠にありがとうございました。
GUEST PROFILE
志村 真介(しむら しんすけ)
ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン Founder
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ理事
関西学院大学商学部卒。コンサルティングファームフェロー等を経て1999年からダイアログ・イン・ザ・ダークの日本開催を主宰。1993年日本経済新聞の記事で「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」と出会い、感銘を受け発案者ハイネッケに手紙を書き日本開催の承諾を得る。2020年8月、東京・竹芝「アトレ竹芝」内にダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」をオープン。著書に『暗闇から世界が変わる ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの挑戦』(講談社現代新書)
志村 季世恵(しむら きよえ)
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事
ダイアログ・イン・ザ・ダーク コンテンツプロデューサー
ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン理事
1999年よりダイアログ・イン・ザ・ダークの活動に携わり、発案者アンドレアス・ハイネッケ博士から暗闇の中のコンテンツを世界で唯一作ることを任せられている。活動を通し、多様性への理解と現代社会に対話の必要性を伝えている。また、バースセラピストとして、心にトラブルを抱える人、子どもや育児に苦しみを抱える女性をカウンセリング。クライアントの数は延べ4万人を超える。2023年の新著『エールは消えない いのちをめぐる5つの物語』、『暗闇ラジオ対話集―DIALOGUE RADIO IN THE DARK-』のほか、著書に『さよならの先』(講談社文庫)、『いのちのバトン』(講談社文庫)、『大人のための幸せレッスン』(集英社新書)など。 ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの挑戦』(講談社現代新書)
ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン:https://did.dialogue.or.jp/
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ:https://djs.dialogue.or.jp/
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