株式会社インキュベータ 代表取締役

石川 明野元 義久

新規事業の提案が行き交う
組織のつくりかた

HOMETalks新規事業の提案が行き交う組織のつくりかた

野元の同期であり、リクルート在籍時から数多くの新規事業創出に携わってきた石川明氏。独立後も業種業態を問わず多くの顧客企業の新規事業開発に伴走し成功に導いてきました。成功の秘訣を伺うと、「その会社は最初からいい感じがする」とのこと。どんな感じのする、どんな組織なのでしょうか。新規事業開発に必要なトップやマネジャーのあり方や現場に求める行動なども含め、新規事業の提案が行き交う組織のつくりかたを伺いました。

ボトムアップによる新規事業開発支援の草分け的存在

野元
久々にお会いできて嬉しいです。今日は私たちの古巣であるリクルートの本丸があった銀座を対談の場所にさせてもらいました。私は銀座勤めは短かったんですが、石川さんは長くいらっしゃったんですよね。
石川
そうですね。とてもお世話になった街ですが、実は入社直後からリクルートリサーチに出向で、小さいビルを転々としていたんです。なので、銀座に異動した時は「おおっ」と圧倒されました(笑)。配属が決まったときには「新卒で出向なんて」と憤慨しましたが、リサーチでの経験がなければこの仕事をしていないと思うので、結果としてすごく感謝しています。
野元
以降は新規事業開発一筋に取り組まれて、華々しい経歴をお持ちです。
石川
いやいや、リクルートの頃から取り組んできた新規事業開発はいずれもボトムアップによるもので、2010年に独立した当時もそのアプローチは決してメジャーではなかったんです。スタートアップの支援はあっても、大手企業の新規事業開発支援を経営層に提案するスタイルがメイン。私みたいなボトムアップの手法を取る人はほとんどいませんでした。
野元
現在はボトムアップも注目されていますが、実際にはどのようなことをされているのですか。
石川
新規事業が生まれやすい環境や仕組みづくりの支援が1/3、起案できる人材の育成支援が1/3、実際に出てきた案をブラッシュアップして社内承認を得るまでの伴走が1/3でしょうか。事業開発や起業家って自分でやるのは好きだけれど、教えるのは苦手という人が多いんです。だから、新規事業開発の経験があって人の育成も好きという私の持ち味が、「伴走者」需要に役立っているのだと思います。

顧客志向の組織には新規事業案が生まれやすい

野元
リクルートを卒業して今の仕事を始められた時はどんなギャップを感じましたか。
石川
世の中の企業の人が「ここまで新規事業を提案することに慣れていないのか」と驚きましたね。リクルートでは常に新規と言われる事業が2割くらいあって「みんな提案する、誰でもやれる」という文化だったので、「私が新規事業を考えるなんて、とてもとても…」と敬遠する人がこんなにも多いことが信じられませんでした。特に大手企業では、経営層が安定した業績を求める傾向にあり、「未来への投資」といっても自分の在任中は失敗させたくないというのが本音だったり。むしろ中堅・中小企業のほうが、自身が創業社長だったり、二代目、三代目でも先代が事業を開発する様子を知っていたりして、今後にも健全な危機感を持っているので、新規事業に意欲的ですね。

石川 明氏

野元
経営層の意識は重要ですね。一方、提案が生まれやすい現場の傾向はありますか。
石川

それは明確で、大事なのは「顧客志向か否か」ですね。顧客のことを見て、ちゃんと声を聞いてくる。それができていれば、「もっと喜んでくれそうなこと」が自然と目に入ってくるし、社内で提案すれば上司に「それやってみよう」と採用されることが多い。現場の小さな提案すら潰されるようでは、新しい事業なんていつまでも生まれないですから。

その傾向は、はじめからなんとなくわかります。営業部門は顧客に近いけど数字に追われている、商品開発部門は営業部門とは話をしても顧客とは接していない。「VoC(ボイスオブカスタマー)は営業が集めるべき」なんて真顔で言う人もいますが、そういう企業はかなり難しいですね。

野元
なんとなくわかるって、すごいですね(笑)。そういう時は、お引き受けするんですか。
石川
経営層やリーダーの“本気で変えたい度合い”次第ですね。中には口にせずとも「新規事業創出に取り組んでいる風を見せたい人」という人もけっこういるんです。なので、トップがどれくらい関与しているか、きちんと人や予算があてがわれているか、他の部署と連携して創出を後押ししているかなどを伺いながら、本気度を探ります。たとえば漠然とした依頼でありながら、「いい案がでたら予算や人を付ける」というところはちょっと警戒するかな。

アイデアを募るなら、経営層は目的・目標を明確に示すべし

野元
確かに「いい案」というのなら、経営者・決裁者の頭の中を見せる必要がありますよね。新規事業創出においても権限を委譲し、社員への期待要件に追加するなど、頼む側としての準備は必須でしょう。「考えてくれ」と言って、出てきたものに「ノー」を言うのは単なる丸投げで、「イエス」の基準を示してもらわなければ困りますね。
石川
そうなんですよ。たとえば、経営層でも「どんなものを新規事業と定義するのか」という問いに明確に答えられる方は少ないんです。「次世代の柱となるような新規事業」とは、何年後を想定しているのか、事業規模はどのくらいなのか。販路拡大じゃない、商品ラインナップの拡充でもない、まったく違う領域、飛び地だというなら、あまりに範囲が広すぎます。ボトムアップの提案を出しやすくしたいなら、どんなものを求めているのか、目的や目標、範囲を明示することは欠かせません。
野元
アイデアの質はもちろんですが、量も大切ですよね。新規事業提案は誰がやっても難しい。かの江副浩正さんですら経営会議での承認率は1割だったとか。あえてボトムアップに振り切って支援する理由をお聞かせいただけますか。

野元 義久

石川

まず1つ目は、トップ個人の考え方や見識だけに依存するのはリスクが大きいと考えるからです。一方、トップとボトムの創発が両輪で回っている会社は、お互いに刺激しあって変化も速い。だから、自分が得意とするボトムから働きかけて両輪を回したいと考えているわけです。

そしてもう1つ、やっぱり現場の方が顧客との接点が多くて深いはずなので、トップよりも市場の変化に敏感だからです。だからボトムに期待して鍛えたほうがいい。新規事業を一部の人やトップだけに委ねるのは”もったいない”と思うんです。実際、リクルートも江副さんがいなくなった穴は大きかったんですが、社員一人一人が考えて行動できる会社だったので強みが維持されたんだと思います。

新規事業立ち上げメンバーに求められる4つの素養

野元
はじめのアイデアは皆が考えるとしても、やはり事業として立ち上げるまでには、かなりの労苦を要すると思います。「新規事業を立ち上げまで持っていける人」ってどんな人ですか。
石川

第一には、とにかく大変なので「覚悟ができている人」ですね。その上で、普段から目の前の業務を改善する癖がついている人ならば、特別なスキルはまずは不要だと思います。細部ではいろいろ必要になることもありますが、全て一人で行なうものではないので、手伝ってもらえばいい。だから2つめは「人を巻き込める人」でしょうか。

3つめは顧客の不満・不便・不足・不自由など「“不”に気づける人」です。それを解消する方法があるのか、その価値があるのか、を地道に検証していく。すると、「いけるかもしれない」という確信が持てる瞬間が来るんです。

野元
それはどんな感じですか。その瞬間はゾクッとしそうです。
石川
まさにそんな感じです。その意味で4つめはリアリティというか、「高い解像度で顧客を捉えられる人」です。どんな人がどんな時、どんな場面で何に困っているのか、実感できて具体的な言葉にできること。映像に浮かぶように説明できること。たとえば、「地方の高齢者」ではなく、「〇〇という町のこんな人が、朝何時に買い物に…」と実像をストーリーで伝えられれば、他の人を動かすこともできるでしょう。

経営層が率先して「新しいこと=かっこいいこと」という風土をつくる

野元
提案を事業として育てていくために、経営層が行うべきことはありますか。
石川

まずは「そう簡単に上手くいかない」と覚悟することですね。時間も手間もかかるし、かけてもうまくいくとは限らない。それなのに「うまくいかなかったら責任取れよ」なんて言ってしまう残念な経営者やマネジャーがいるんですよ。

そもそも新規事業は、何らかの理由があって「今までできていない」のです。市場規模とか競合差別化とか、投資対効果などやらない理由はいくらでも出てきます。それでも困っている人を助けたい、喜んでもらいたい、もしくは売れたらすごいことになる、と思って挑戦するわけです。だから、新規事業創出には経営者の大局観がなにより大切です。

石川 明氏×野元 義久

石川

新規事業が生まれなかったのは、そもそも社員の責任ではありません。これまでの歴々の先輩がやらずにきたことを、通常業務をさせながら、新規事業提案してもらっているわけでしょう。それを「起案の機会を与えてやる」「君には経験がないからダメだ」などというのは、どうみても不遜ではないかと思います。

このへんがわかっている経営者なら、たとえば、提案してきたメンバーにいい顔しない上司がいたら、一本電話して「君のところのメンバーの提案、楽しみだな」「応援してやってくれよ」と伝える。それで雰囲気がガラッと変わることもあるんです。

野元
確かに。途中経過を発表してもらったり、優秀提案を賞賛したりすると、周囲の注目が変わってきます。
石川
リクルートでも、毎年、武道館でのキックオフで営業成績の上位者が壇上で表彰されていたのが、ある時から新しい取り組みの発表の場になりました。営業成績はボーナスなどに反映されたけど、みんなが注目するのは新規事業や新しい取り組みの進捗。この時、会社として新しいことにチャレンジするんだというメッセージを強烈に感じました。
野元
それは私も覚えがあります。営業成績がトップでMVPだと思ったら、新商品の開拓で功績を上げた後輩が表彰されたんです。かなりショックでしたが、会社は新しい方向に舵を切ったのだと思い知らされました。
石川
経営層がそういうスタンスを示し続けると、だんだん皆の意識も変わって、新しいことをみんなでサポートしようという機運が生まれます。たとえば、リクルートでは新規事業のある審査段階を超えると、上司の意向と関係なく人事がメンバーを引き抜けるんです。普通は「うちのエースを引き抜くな!」となるところ、意地でも「がんばってこいよ!」と言える上司がかっこいい、という雰囲気がつくられていきました。

石川 明氏

企画検討の段階から、情報が行き交う工夫をする

野元
私は親しい経営者の場合には経営会議の議題をみせてもらい、議題のポートフォリオに新規事業検討を入れるよう勧めています。
石川
それはいいですね。確かに大きな組織であればあるほど、新規事業のことが役員会の議題に乗りにくい。「我社がどんな方向に事業展開していくか。どのような新規事業を立ち上げたいか」という議論はされない。だからか、いろいろと新規事業候補が検討されていてもその情報がトップまで共有されない。やるかやらないか、出資するかどうかという最終決議のタイミングで議題が出されても、トップとしても抽象的な反応や断定的な言葉しか出てこないんですよ。
野元
確かに少し早めのジャブが何度も打てるといいのでしょうね。
石川

「トップに途中の検討段階で出すなんて失礼」といって、最後の最後の決裁だけを持ち込もうとしてしまう。もっとシステム的に情報が共有される仕組みを模索していますが、なかなか実現に至りません。

ただ、会社の空気を変えていくために、小さなことからでもできる工夫もあります。たとえば、部屋の入り口近くに配置されることの多い営業部をあえて奥に置いて、出入りのたびに他の部署の人と話しやすくすることで情報が伝わるように仕掛け、互いの相談がしやすくなったというケースがありました。先程のキックオフでの表彰や発表みたいに、ちょっとしたことの積み重ねでも社内の雰囲気を変えることができます。

効率性と創造性は相反するもの。「人の思い」を重視した組織に貢献したい

野元
あらためて新規事業の創出には環境が大事だとわかります。新規事業が生まれやすい組織づくりという意味で、評価などの人事制度についてアドバイスはありますか。
石川
ちょっと抽象的かもしれませんが、生産性高く、効率よい組織よりも、遊びやゆとりのある組織のほうが、新しいアイデアや取り組みは生まれやすいと思います。「余」の部分が、今はどんどん削られてしまっている。全てが効率重視の部署になるとちょっと問題かもしれません。効率よい組織が良い組織とは限らないという認識はもっていていただきたいと思いますね。
野元
経営が「どういう組織、会社であるべきか」を長期的に見る必要がありそうです。大企業の場合は、3〜5年程度で役員を辞めたりされるので、なかなか長期的に見られないところがあるのでしょうか。

野元 義久

石川
私は役員向けに、「最後の10年で自分の私の置き土産を作りましょう」と持ち掛けるようにしています。ご自身が何のためにこの会社に入ったのか、お世話になったこの会社に残していきたいものは何かと問えば、生産性アップ…だけではないはず。忘れているけれど重要な根っこの部分が出てきて、それが新規事業支援につながることもありますね。
野元
新規事業創出のコーチであり伴走役でもある顔を垣間見た気がします。
石川
確かに、どうやって新規事業を推進するかという「HOW」も大事ですが、なんともならないところで「でもやる」「それでもやる」というのは、人間性や人間力に関わるところなので。いかにプランを綺麗にまとめるかも、いかに儲かりそうなプランにするかももちろん大事なんですが、事業を考えていくにはやっぱり「お客さんに喜んでもらいたい」とか、自分が「こういう世の中にしていきたい」という思いとか、そういうことを大事にしたいですね。単に「儲かればいい」「自分が得をすればいい」って考えでは、どこかで破綻する気がするんですよ。そこはもう私とは宗教が違うので(笑)。
野元
ああ、それは私も感じます。流行りの言葉で言うとメンバーシップ型で顧客志向という組織にシンパシーを感じるところは共通しているかもしれません。そういう組織にこそ貢献したいと思います。
石川
そう、冒頭でもいいましたが、「顧客志向かどうか?」は本当に自分にとっては大きな指標で、たとえば金融工学で儲かることだけが目的という新規事業には興味がわかないんです。会社という組織に対しても同様で、最近の「自分が勤める会社のことを道具としてだけ使い倒して去っていく」という風潮には違和感を感じます。せっかく思いを同じくした人が集まったんだから、共に頑張ろうという気持ちであってほしいし、そこに自分としても貢献できればと思います。
野元
確かに「宗派」というか、信じているものがありますよね。新規事業創出の支援も組織づくり支援も共鳴するものがないとできない。お互い通じるものがあり、嬉しく思いました。今後もそれぞれ頑張っていきましょう。本日はありがとうございました。

石川 明氏×野元 義久

GUEST PROFILE

石川 明(いしかわ あきら)

1988年、新卒で株式会社リクルートに入社し、新規事業を担当。1993年より新規事業開発室のマネジャーとして社内企業提案制度「New-RING」の事務局長を務め、新規事業を生み出し続ける組織・制度づくりと1,000件以上の新規事業の起案に携わる。2000年には総合情報サイト「All About」社(JASDAQ 上場)を創業し、事業部長、編集長等を務める。2010年に独立し開業。新規事業開発に特化した専門サービスを提供し、2016年に株式会社インキュベータを設立。大手企業を中心に100社以上の新規事業開発支援に携わる。著書に『はじめての社内起業』(ユーキャン)、『新規事業ワークブック』(総合法令出版)がある。

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