株式会社インキュベータ 代表取締役
石川 明野元 義久
野元の同期であり、リクルート在籍時から数多くの新規事業創出に携わってきた石川明氏。独立後も業種業態を問わず多くの顧客企業の新規事業開発に伴走し成功に導いてきました。成功の秘訣を伺うと、「その会社は最初からいい感じがする」とのこと。どんな感じのする、どんな組織なのでしょうか。新規事業開発に必要なトップやマネジャーのあり方や現場に求める行動なども含め、新規事業の提案が行き交う組織のつくりかたを伺いました。
それは明確で、大事なのは「顧客志向か否か」ですね。顧客のことを見て、ちゃんと声を聞いてくる。それができていれば、「もっと喜んでくれそうなこと」が自然と目に入ってくるし、社内で提案すれば上司に「それやってみよう」と採用されることが多い。現場の小さな提案すら潰されるようでは、新しい事業なんていつまでも生まれないですから。
その傾向は、はじめからなんとなくわかります。営業部門は顧客に近いけど数字に追われている、商品開発部門は営業部門とは話をしても顧客とは接していない。「VoC(ボイスオブカスタマー)は営業が集めるべき」なんて真顔で言う人もいますが、そういう企業はかなり難しいですね。
まず1つ目は、トップ個人の考え方や見識だけに依存するのはリスクが大きいと考えるからです。一方、トップとボトムの創発が両輪で回っている会社は、お互いに刺激しあって変化も速い。だから、自分が得意とするボトムから働きかけて両輪を回したいと考えているわけです。
そしてもう1つ、やっぱり現場の方が顧客との接点が多くて深いはずなので、トップよりも市場の変化に敏感だからです。だからボトムに期待して鍛えたほうがいい。新規事業を一部の人やトップだけに委ねるのは”もったいない”と思うんです。実際、リクルートも江副さんがいなくなった穴は大きかったんですが、社員一人一人が考えて行動できる会社だったので強みが維持されたんだと思います。
第一には、とにかく大変なので「覚悟ができている人」ですね。その上で、普段から目の前の業務を改善する癖がついている人ならば、特別なスキルはまずは不要だと思います。細部ではいろいろ必要になることもありますが、全て一人で行なうものではないので、手伝ってもらえばいい。だから2つめは「人を巻き込める人」でしょうか。
3つめは顧客の不満・不便・不足・不自由など「“不”に気づける人」です。それを解消する方法があるのか、その価値があるのか、を地道に検証していく。すると、「いけるかもしれない」という確信が持てる瞬間が来るんです。
まずは「そう簡単に上手くいかない」と覚悟することですね。時間も手間もかかるし、かけてもうまくいくとは限らない。それなのに「うまくいかなかったら責任取れよ」なんて言ってしまう残念な経営者やマネジャーがいるんですよ。
そもそも新規事業は、何らかの理由があって「今までできていない」のです。市場規模とか競合差別化とか、投資対効果などやらない理由はいくらでも出てきます。それでも困っている人を助けたい、喜んでもらいたい、もしくは売れたらすごいことになる、と思って挑戦するわけです。だから、新規事業創出には経営者の大局観がなにより大切です。
新規事業が生まれなかったのは、そもそも社員の責任ではありません。これまでの歴々の先輩がやらずにきたことを、通常業務をさせながら、新規事業提案してもらっているわけでしょう。それを「起案の機会を与えてやる」「君には経験がないからダメだ」などというのは、どうみても不遜ではないかと思います。
このへんがわかっている経営者なら、たとえば、提案してきたメンバーにいい顔しない上司がいたら、一本電話して「君のところのメンバーの提案、楽しみだな」「応援してやってくれよ」と伝える。それで雰囲気がガラッと変わることもあるんです。
「トップに途中の検討段階で出すなんて失礼」といって、最後の最後の決裁だけを持ち込もうとしてしまう。もっとシステム的に情報が共有される仕組みを模索していますが、なかなか実現に至りません。
ただ、会社の空気を変えていくために、小さなことからでもできる工夫もあります。たとえば、部屋の入り口近くに配置されることの多い営業部をあえて奥に置いて、出入りのたびに他の部署の人と話しやすくすることで情報が伝わるように仕掛け、互いの相談がしやすくなったというケースがありました。先程のキックオフでの表彰や発表みたいに、ちょっとしたことの積み重ねでも社内の雰囲気を変えることができます。
1988年、新卒で株式会社リクルートに入社し、新規事業を担当。1993年より新規事業開発室のマネジャーとして社内企業提案制度「New-RING」の事務局長を務め、新規事業を生み出し続ける組織・制度づくりと1,000件以上の新規事業の起案に携わる。2000年には総合情報サイト「All About」社(JASDAQ 上場)を創業し、事業部長、編集長等を務める。2010年に独立し開業。新規事業開発に特化した専門サービスを提供し、2016年に株式会社インキュベータを設立。大手企業を中心に100社以上の新規事業開発支援に携わる。著書に『はじめての社内起業』(ユーキャン)、『新規事業ワークブック』(総合法令出版)がある。