日本ファミリービジネスアドバイザー協会(FBAA)理事長

西川 盛朗野元 義久

同族企業を強くする、ファミリーとノンファミリーのそれぞれの矜持

HOMETalks同族企業を強くする、ファミリーとノンファミリーのそれぞれの矜持

同族企業が本来もつ優れた仕組みを活かし、長く強い会社であり続けるためには、何が大切でしょうか。世界的な同族企業であるジョンソン社でノンファミリーの経営者として活躍し、現在は日本のファミリービジネスの発展に尽力されている西川氏をお招きし、お話を伺いました。

日本にもファミリービジネスの専門家を

野元
西川理事長とは、私が3年前に日本ファミリービジネスアドバイザー協会(FBAA)主催の「ファミリービジネスアドバイザー認定講座」に参加して以来のご縁ですね。講座では、主に創業家などのファミリーが経営の鍵を握るファミリービジネス、いわゆる同族経営の支援について体系的に学ばせていただきました。本日は久しぶりに西川理事長のお話をじっくり伺える機会をいただき、大変嬉しく思っています。
西川
こちらこそ、ありがとうございます。
野元
西川理事長は2012年にFBAAを設立し、ファミリービジネスアドバイザーの専門性の確立に力を注いでいらっしゃいます。その活動の原点には、やはりジョンソン社でのご経験が大きいのでしょうか。
西川
そうですね。ジョンソン社は135年前にアメリカで創業し、現在まで代々ジョンソン家(ファミリー)によって運営されている同族企業です。そこで私は足掛け40年、さまざまな仕事をさせていただきました。消費者向け事業および企業向け事業のマーケティングやマネジメントのほか、ジョンソン社とジョンソン・ファミリーが大切にしてき考え方を企業理念として策定し、グループ内に浸透させるという活動にも携わりました。この大変貴重な経験が、ジョンソン社退任後、ファミリービジネスを応援するという現在の仕事の骨格になっていますね。
野元
ジョンソングループ日本法人の社長、会長、本社役員まで務め上げて退任されたのち、FBAAを設立されましたが、そこにはどのような思いがあったのでしょうか。
西川

退任後、いろんな経営者の方から「ちょっと助言をもらえないか」と声を掛けていただいたのですが、そのほとんどが同族企業のオーナーの方でした。そこで、改めてファミリービジネスについて勉強しようと書店を回りましたが、ファミリービジネスに関する書籍は税関連のものばかりで、ファミリービジネスの本質に迫る経営の参考図書はほとんど無かったんですよね。また、日本にはファミリービジネスに対して適切に助言をできる専門家がほとんどいない、ということも見えてきました。いわゆる一般企業に助言をしている税理士や中小企業診断士、銀行関係者の方々が、ファミリービジネスに対しても限られた分野の助言を行っているに留まっていたんです。

これがのちに自ら『長く繁栄する同族企業の条件』を執筆することにつながり、発行後はかなりの反響をいただきました。

健全に経営される限り、ファミリービジネスは非常に永続性の高い経営形態ですが、その特徴を踏まえて適切に助言するアドバイザーも必要です。そこで、ファミリービジネスのプロフェッショナル集団形成の核をつくり、日本のファミリービジネスの発展に貢献していこうと、仲間とともにFBAAを作り上げました。現在までに会員は約300名、ファミリービジネスアドバイザー資格認定講座修了者は200名を超えましたね。

西川 盛朗氏

野元
私も講座に通わせていただきましたが、その経験を話すと経営者から仕事仲間まで興味を持たれる方はとても多いです。特に承継タイミングの同族企業の経営者は「そんな学問があったんですね!」と目を見開くほど驚かれます。みなさんファミリービジネスに関する専門的なヒントを欲しているのだと思います。

強いファミリービジネスは3本柱で立つ

西川

ファミリービジネスへの感心が高いのは、ある意味、当然なんです。日本の上場企業の5割以上が同族企業で、非上場も含めるとその割合はもっと多くなります。先ほど「ファミリービジネスは非常に永続性の高い経営形態」と申し上げましたが、現にトヨタ自動車、キッコーマン、住友グループ、イオンなどは同族企業の強みを活かして発展してきた長寿企業です。

しかし、日本で同族企業というと「ファミリーの不祥事が多い」「ファミリーが独裁的」といったネガティブなイメージが強いですよね。ファミリービジネスゆえの脆さがあることも事実ですが、実態以上に世の中の評価が低い。その誤解を訂正していかねばという使命感も、FBAA設立の根底にはありますね。

野元
確かに、多くの方は「うちは同族企業です」とはおっしゃらず、むしろ隠そうとします。それに対し、ジョンソン社のWebの企業情報ページでは冒頭にファミリーカンパニーであることが堂々と謳われていて、とても新鮮に感じます。

西川 盛朗氏×野元 義久

西川
私はしばしば「非常に厳しいと言われる外資系企業に、なぜ40年もの長期間勤続できたのか」と聞かれますが、振り返ってその理由を考えてみると、ジョンソン社がファミリービジネスだったからだと思うんです。ジョンソン家が大切にしてきた理念や価値観に守られていたからこそ、様々な経験ができ自己実現を果たすことができたのではないか、と。
野元
私の会社では理念策定の支援も行います。西川さんがそこまでおっしゃるジョンソン社の企業理念は興味深いです。
西川

ジョンソン社の企業理念は「This We Believe」として成文化されており、その冒頭には、理念を簡潔に言い表したものとして、1927年にジョンソン家2代目当主がスピーチで語った「企業を存続させるものは人々の信頼と支持であり、他はすべて影に過ぎない」という言葉が書かれています。要は、企業を存続させるものは人々の“善意”だということなんですね。

さらにこれに紐づいて5つのステークホルダーに対する考え方も示されているのですが、その筆頭にあるのは「消費者とユーザー」でも「社会」でもなく「社員」で、「世界に広がるジョンソン各社の活力や強さの源は社員にある」と明記されています。社員を最も重要なステークホルダーとするという考え方は、当時のグローバル企業では極めて珍しいものでした。

こうした企業理念を、時代の変化に合わせて調整しつつも守り抜いてきたのが、ジョンソン・ファミリーなのです。

野元

その理念や価値観をぶれることなく守り抜く、いわば番人のような役割をファミリーがしっかり担っているのですね。

FBAAの講座でも学びましたが、ファミリービジネスが持続的経営を実現しやすい仕組みであることを、西川理事長は3つの円で説明されていますね。一般企業の場合は「株主」と「経営者」という2つの要素で構成されるのに対し、同族企業はもう1つ「ファミリー」の要素も加わります。この3つの要素がおのおのの役割を分担し、緊密に連携しながら統一した働きをすることで、より安定した経営が可能になるというお話でした。
トップが頻繁に入れ替わる一般企業と異なり、ファミリーが長期にわたって企業の理念や価値観を守っていることからこそ持続的経営につながる、というお話はとても納得感がありました。

ファミリービジネス(3要素)を表す図

上記のファミリービジネス(3要素)を表す図は、Renate TagiuryとJohn A.Davisによる「スリーサークルモデル」を応用して、西川盛朗氏がオリジナルに作成したもの

創業の思いに誇りをもって継承することが大切

野元
西川理事長は経営幹部としてジョンソン家の皆さんと接するなかで、理念を守り継承していくファミリーのあるべき姿も間近でご覧になっていたのではないでしょうか。
西川

そうですね。ジョンソン家の皆さんとは親交が深く、私邸に招かれることも少なくありませんでした。そこで、“ファミリービジネスの永続性・強さがリビングルームから生まれている”ことを目撃しましたね。

例えば夕食のあと、父親である当主が子どもたちに「今日会社でこういうことがあったよ」「こんな新しい商品ができたよ」という話をする。すると子どもたちが「じゃあこんなものを作ったらどうかな」と意見を出し、それに対し当主が「それは面白い」と言う。そういう会話を幼い頃から行っているんです。

リビングルームは絶好の教育の場であり、そこで子どもたちが自然と会社経営は楽しいものという意識を育んでいく。そんな日常がファミリービジネスの強さや永続性の源泉といえるではないでしょうか。

野元
日本の同族企業でも、オーナーが自身の子息に継承する前提で教育を行ったり、哲学を伝えたりといったことが十分なされているでしょうか?日本の同族企業で事業継承時に問題が発生するケースが多いのは、そのあたりにも関係がありそうです。
西川

ひと昔前は、会社に家庭を持ち込まない・家庭に会社を持ち込まないことが美徳のように考えられていました。オーナー家の父母も、子供に会社を継がせるより良い大学を出て大企業や官公庁に入ってもらう方が安心と考えられていました。そうした社会からの影響もあり、自身の会社や事業に誇りをもてず、次の世代にも伝えきれていないオーナーが多かったということはあるでしょう。

しかし、どのファミリービジネスにおいても、創業して荒波を乗り越え這い上がっていくことは並大抵のことではないはずです。そこに誇りをもって、子どもにも教えていくことが大切だと思います。

野元
あるクライアントが先代の経営理念をエピソードから紐解き、それを冊子にしたいということで、弊社がお手伝いをしました。新社長が先代の勇退式で感謝と共にその冊子をお渡しし、“承継に対する先代の不安を少しでも小さくしよう”そして“しっかりバトンを渡してもらおう”と努められていた姿が印象的でした。理念は経営者のバトンでもありますね。

西川 盛朗氏×野元 義久

「ファミリーをうまく使ってやろう」ぐらいの気概で

野元
当社ではクライアントの組織開発や人事制度策定などに携わる際、「職場をチームにする」をモットーにしているのですが、同族企業においては、ファミリーとノンファミリーがチームになるのは簡単ではないようです。
トップであるオーナー(ファミリー)に権限が集中し、ノンファミリーの経営幹部がトップにものを言いにくいという状況も多々見受けられます。
西川

そうですね。どうせ自分はサラリーマンだからあれもできない・これもできないと、自分で自分にタガをはめてしまっているノンファミリーは多いように感じます。

しかし、ノンファミリーの経営幹部であっても、会社を強くした例は山ほどあるわけです。「トヨタの大番頭」「トヨタ中興の祖」と呼ばれる石田退三氏や、住友グループの初代総理人として家と事業を分離した広瀬宰平氏などが良い例でしょう。

野元
西川理事長もジョンソン社で“ノンファミリーの経営幹部”だったわけですが、何か気を付けていらっしゃったことはありますか。
西川

少々乱暴な言い方をすると、「ファミリーをうまく使ってやろう」と思っていましたね。

例えばこんなエピソードがあります。ジョンソン日本法人社長時代、工場と本社を移転したんですが、その際、移転先の地域の子どもたちに贈り物をしたいと考え、過去に日米友好の印として東京とワシントンが桜とハナミズキの木を贈り合ったという逸話を参考に、会社の創業年数にちなんでそれぞれ111本の桜とハナミズキを贈ることにしたんです。そこで、当時のジョンソン家当主に「植樹祭にはあなたの手から地域の子どもたちにプレゼントしてくれないか」と提案したところ、喜び勇んでアメリカから飛んできてくれました。はるばるアメリカからオーナーがやってきたと、地域の皆さんにも喜んでいただけましたね。

野元
文字どおり、オーナーに“花をもたせた”わけですね(笑)。思い切ってオーナーに提案をする、提案し続けるという姿勢がファミリーとノンファミリーの距離を近づけていくんだなと思います。
西川
このような活躍の場をはじめ、オーナーが現場に足を運ぶ機会をたくさん設けることは、問題点も含めて現場をよく知ってもらうことにもつながります。そうした積み重ねが、オーナーが経営幹部からの意見に耳を傾け、適切な経営判断を行うことにつながると思います。
野元
ノンファミリーはファミリーの陰で“浮かばれない”と思い込んでいる方も多そうですが、決してそんなことはないですね。

野元 義久

西川

逆にオーナーファミリー側にお伝えしたいのは、ノンファミリーに対する教育投資の重要性です。

優秀なファミリー後継者に事業を任せられれば安心ですが、歴史を振り返ってみても、必ずしもそうとは限りません。ファミリーはオーナーシップをもちつつ、経営はノンファミリーの適任者に任せる。それを可能にするために、コストをかけて経営幹部を育てる。そのほうが会社の継続性が高いことを、世界の優秀な同族企業は理解し、将来有望な人材を見極めて惜しみなく教育投資を行っています。私自身もジョンソン社で、1年近いイギリス派遣や、ハーバード大学ビジネススクールで学ぶ機会をいただきました。そういうことが会社を永続的に強くすることにつながると思います。

野元

育ててもらった恩があるからこちらも尽くすということでしょうか。
私も常々、ファミリーはノンファミリー幹部に対して期待役割を伝え、その行動を体現できるように育成する重要性を唱えています。ノンファミリー幹部がチームになってファミリーのトップを支え続けるという構図が一つの理想です。ファミリーに擦り寄ることで自分を守るのではなく、チームとしてファミリーに提案もできるノンファミリー幹部たちがいれば盤石です。時間はかかるかもしれませんが、強い同族企業をつくっていくためには欠かせないのではないでしょうか。

ひと昔前であれば「早く大きく」することを目標とする会社が多かったと思いますが、社会環境も価値観も大きく変わった現在、「長く強く」が経営のキーワードになってきました。同族企業は長期思考が得意です。「長く強く」が実現しやすい経営形態であり、これからますます貴重な存在になっていくと思います。
同族企業のファミリーもノンファミリーもそれぞれが矜持をもって、お互いの役割を果たしていくことが大切ですね。本日はありがとうございました。

西川 盛朗氏×野元 義久

GUEST PROFILE

西川 盛朗(にしかわ もりお)

世界的な同族企業ジョンソン社の日本法人社長、会長、本社役員を長く務め、同グループの企業理念「This We Believe」の策定と浸透活動に深く関わった経験をもとに、同族企業が永続繁栄するための仕組みづくりを指導している。
現在、日本ファミリービジネスアドバイザー協会 理事長、ヨコハマコンサルティング(株)代表取締役会長、ファミリービジネス学会 理事、国際ファミリー・ファーム・インスティテュート フェロー、その他、多くの企業の社外取締役、アドバイザー、顧問も務めている。

ハーバード大学経営大学院(AMP)修了。国際組織FFI(ファミリー・ファーム・インスティテュート)の ファミリービジネス・アドバイザー資格認定証保持者。著書に『長く繁栄する同族企業(ファミリービジネス)の条件 』(日本経営合理化協会)、『先代とアトツギが知っておきたい「ほんとうの事業承継」 「伝承」と「変革・対応」の教科書』(生産性出版)共著、『日本のファミリービジネス』(中央経済社)、共著。

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