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コロナ禍によって甚大な影響を受けた観光産業。立山黒部アルペンルートの交通・観光事業を手掛ける立山黒部貫光も決して例外ではありません。しかし、厳しい時を経た今、新たな飛躍のステージに向け、事業力・組織力を高める取り組みを精力的に進めています。その一環として取り組んだのが、「自社のパーパスや働き方を見直し共有する」という社内研修でした。
ブリコルールは人事・組織づくりの専門家として、プログラムの組み立てや社内ファシリテーター育成などに参画。自走に至るまでの経緯や成果について、企画から参画し研修のファシリテーターも務めた営業企画部(当時)の中村祐人氏、総務部(当時)の金森伸一朗氏にお話を伺いました。
年間100万人近くの観光客・登山客を迎え、日本屈指の山岳観光地である「立山黒部アルペンルート」。富山県から長野県にかけての広大なエリアにおいて、立山黒部貫光は環境保全・安全運行・地域振興を信条に運輸・ホテル・販売などの事業を幅広く手掛けてきました。以前から先駆けて海外からの来訪客にも対応し、インバウンド誘致にも力を入れています。
しかしながら長い歴史を持つ観光地であることから、施設の老朽化や更新、他地域との差別化や多様化するニーズへの対応など、様々な課題も増えており、同社の働き方や組織のあり方にも変化が求められていました。
「取り組むべき課題が多く、しかも各現場の課題感が異なっていることもあり、施策を実施するどころか優先順位付けが難しい状況にありました。いきなり変革することへの軋轢も想像できたため、まずは自分たちの足元をしっかりと固め、立山黒部貫光として『どうあるべきか』を考え、組織全体で共有することが重要だと思いました。そして、前年に実施したマーケティング研修で手応えを感じていたこともあり、『組織横断の社内研修』という手法を検討しました」(中村氏)
マーケティング研修では、知識を得るだけでなく、コロナ禍で停滞気味だった社内の空気を一掃し、前向きなマインドを獲得することも目的の一つでした。本社と現場を含めた社内の全部門横断とし、初めてワークショップ形式で進行したところ、活発に意見が交わされ、その中から「自分たちの良さや強み」に気づくことができたといいます。
「それぞれの持ち場で、または国内外のお客様の視点になって、感じていることを参加者全員で話し合い共有したことで、さまざまなことが見えてきました。新しい視点やマーケティングの知識はもとより、誰もが一番の収穫としてあげたのは、『勇気を出して自分の思いを伝えたことで、会社の変革に貢献できると知った』という実感です。そして、自分たちの運輸やホテル経営などの事業が、立山黒部アルペンルートという魅力ある観光地の全体価値を高めるものであり、それぞれが連携しあい、誇りを持って取り組むものという"矜持”を得た印象がありました」(中村氏)
そうした成功体験のもと、さらに視座を上げて組織のあり方や働き方を「自分ごと」として考えていくにはどうしたら良いのか。マーケティングに次ぐ研修テーマとして、2023年度の事業計画に盛り込まれていた「ワークシフト」に着目したところ、議論を深める中で『土台としてのパーパスの共有が必要ではないか』という話になりました。そして、研修を社内で自走するための支援者として、人事・組織づくりの専門家であるブリコルールが紹介されました。
「期待したのは、専門的な知見を得つつ、部門横断型の研修を持続可能な文化として社内に根付かせることです。私たちには研修化するノウハウが少なく、専門家の支援が必須ですが、外部から講師を迎えて講座を行うだけでは、一部の人しか参加できず一過性に終わってしまいます。そこで、ブリコルールさんから専門的な情報をいただきつつ、社員自身が体験・知見として獲得し、ファシリテーターとなりながら研修を自走できないかと考えたわけです」(金森氏)
ブリコルールへのご依頼は2022年12月。そこから営業企画部(当時)と経営企画部・総務部が連携し、「組織の存在意義=パーパス」と「生産性向上に向けた働き方改革=ワークシフト」のテーマで社内研修を組み立て、ファシリテーターの育成についても議論していきました。
まず全社的な理解を深めるために、2023年7月にはブリコルールの水田・田中が見角社長にお会いして研修の目的などについて説明。さらに経営層・役職員を中心に「企業の存在意義やパーパス」をテーマにした講義を実施しました。
「講演会には社長をはじめ経営陣が集まり、それだけ期待が大きいのだと身が引き締まる思いでした。いきなり研修からではなく、まずは講演会で経営・役職員に丁寧にパーパス概論を講義してくださったことで、全社的に支援しようという土壌が醸成され、その後の活動もスムーズに進んだように感じます」(中村氏)
さらに同日、パーパスを題材としたファシリテーションが実施できるよう、中村さん含めファシリテーター候補を対象にノウハウの習得を目的とした研修を実施。ファシリテーションの概論を講義し、さらにそれぞれグループに分かれてスキル演習を行いました。ファシリテーションのツールについては、研修内容に合わせてブリコルールがオリジナルで作成。提示するスライドに加えて、時間配分も記した台本、参加者が使用するワークシートなど一式が提供されました。
「概論でまずファシリテーターの役割をしっかりと把握できたのが良かったと思います。その後、ブリコルールさんから研修を受け、そして自分がファシリテーターとして実演するという両方の体験をしたことで、社内研修の形がより明確になっていきました。初めてのことで緊張しましたが、台本があって実際にやってみることで、『自分にもやれるぞ』という手応えが得られました」(中村氏)
そして7〜11月にかけて、中村さんら3人がファシリテーターとなり、各部門から数名ずつ、希望者または選抜による10~15名が参加する社内研修を年代別に4回に分けて実施しました。
1回目は50代中心という、ファシリテーターより年上の層で、ワークシフト部分から始めたこともあって、「これ以上何を改善すれば良いのか」という空気があったといいます。しかし、ファシリテーターが5年後の人手不足を「自分ごと」として捉えてもらえるように話し、「今できること」へと落とし込むことで、徐々に活発な意見が出てくるようになりました。
2回目は、上下からの板挟みになりがちで業務量が多い40代が中心。なかなか現在の業務から頭が離れず、ファシリテートには一番苦労したといいます。それでも外部のオブザーバーとして参加していた方の発言を受けて、どんどん前向きな議論になっていきました。
「業務で接点がない相手同士でグループにするなど、チーム分けは工夫しましたし、そこに1人でも外部の人に参加してもらうことで触媒として刺激になることがわかり、そうした点もふまえることで、少しでも良い意見が出て、建設的な議論ができるよう心を砕きました」(中村氏)
さらに1・2回目で”壁が溶ける”までに時間がかかったことから、3回目についてはパーパス部分を先にして「会社が進むべき方向性」を共有した後に、ワークシフト部分を実施したところ、スムーズに進んだといいます。
「4回目は、30代以下が中心だったので、一番若いファシリテーターがメインで担当しました。若い世代同士の方が話しやすいだろうし、若くてもファシリテーターができるんだということを他の若手にも知ってもらいたかったんです。若い世代だって会社を変革する即戦力になれるんだ、という動機づけになればと思いました」(中村氏)
ファシリテーター研修からわずか数ヶ月で、中村さんら社内ファシリテーターは研修を回すだけでなく、課題を見つけて改善策を試し、さらに組織変革への意欲を醸成する方策まで考えられていました。そうしたことができるのは、社内の文化や世代別の傾向などの組織の暗黙知を知っているから。きめ細やかで柔軟な対応にこそ、内製化のメリットがあると言っても過言ではないでしょう。
「社内研修の枠組みは当社で作成し、ブリコルールさんにツールやコンテンツを設計いただくという分業ができたことで、効果的な研修をスピーディにつくることができました。その上で、実施についても自分たちでできることはやる、わからない部分は助けてもらうというように、当社の要件や状況に合わせてメリハリあるサポートを受けられるスタンスは本当に良い形であり、今後に繋がる方法であると思いました」(金森氏)
ファシリテーターについても、実際に社内研修を経験した3人に加え、既に研修を受けているメンバーについても所属する職場の研修等で活躍してもらう予定です。
「私自身、ブリコルールさんに様々な示唆をもらいながら、実際に研修を実施して修正するという経験は大きな学びになりました。それは研修だけでなく、会議などの日常業務でも聞く力や見る力として役に立っていると感じます。特に若い世代は1回毎の成長幅が大きく、私も刺激を受けました。そうした当事者となるメンバーが増えることで、組織としての力も高まっていくように思います」(中村氏)
今後については、2024年はコロナ禍で止まっていた階層別研修を再開し、そこにパーパス&ワークシフト研修の内容も受け継がれ、さらに実践的な内容へと発展させていく予定です。
「これまでは営業企画部(当時)の主導のもとで、手挙げした人、選抜した人だけが受けていましたが、今後は総務部人事課が管轄となり、全社対象の社内研修として再構築していきます。みんなが思い描いた未来を見据え、社内全体でパーパスやワークシフトへの理解を深めた上で、新たな制度整備・改革へと取り組んでいく予定です」(金森氏)
未来に向けた小さな一歩は、今、確実に組織の根幹に取り込まれ、変革の原動力へと成長する兆しを見せています。新しい組織や制度を形からではなく、社員一人ひとりが持つ思いを軸に組み上げていく。それが立山黒部貫光にとって”次の半世紀”を支える基盤となることは間違いないでしょう。
会社の方針に合う研修の内製化を検討する会社が増えています。もちろん研修の目的にもよりますが、背景や文脈を理解した社内講師が研修を企画・実施することには多くのメリットがあります。一方で、「自分が理解すること」と「他者に教えられること」には大きなレベルの違いがあるとともに、今回のケースのように、「講師」ではなく「ファシリテーター」ということであれば関わり方も変わってきます。
立山黒部貫光さんは、本番を迎えるまでの適切なステップを描き、仕組み面でのサポート体制を整え、社内ファシリテーターの研修から、会社でしっかりと具現化していく取り組みにされたことで、多くの成果を得ることにつながっていくと感じています。
経験学習サイクルが回り、専門スタッフと共に目的を定めて、自走を始める組織は強い。立山黒部貫光さんには、今後も社員発の工夫・挑戦が生まれることを期待するとともに、その歩みの伴走者として微力ながらご支援できれば嬉しく思います。