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東京・表参道で、オリジナルジュエリーの企画・製造・販売を手掛ける有限会社ソラ。会社を率いる丸山社長は、芸術家でもあり、経営にも創造性を重んじ、あえて組織にカオスをもたらすようにしてきたといいます。しかし今回、会社設立20周年を迎え、ブリコルールの伴走のもとで新たな人事制度づくりを決断。生みの苦しみを伴いつつも、カオスの中にクリアなゾーンをつくり、新たな組織運営に乗り出しました。プロジェクトを担ったディレクターの北井氏、涌波氏とともに、それぞれの視点から人事制度策定プロジェクトの経緯やこれからへの期待についてお話しいただきました。
有限会社ソラは、丸山社長が渋谷で創業した彫金教室を前身とし、顧客の感性やアイデンティティに徹底的に寄り添う独創的な作品づくりで人気を集めてきました。2012年には表参道に本店と工房を移転し、現在では札幌の直営店や全国取扱店へと販路を広げ、社員44名を擁する組織となっています。
「事業が発展し、組織が大きくなっても、ソラが大切にしていることは変わりません。フィロソフィとして掲げる『創造するよろこびが、未来をひらく』を実現するために、自由であることや余白を大事にしています。計画や目標はむしろ人の創造性や可能性を制限し、混沌の中でこそ感性が磨かれると考えてきたこともあり、できるだけルールや規則は作りたくないと思ってきました」(丸山社長)
そう考えていた丸山社長が、人事制度づくりを考えるようになったのは、コロナ禍による危機感がきっかけでした。
「深層の価値観には互いに共感し合っていても、業務評価や待遇などの指標が明確でないことに対する不安や不満の声は以前からありました。その声があがる度に、一つ一つ説明することに私自身も限界を感じ、制度や指標を共通認識として整理する必要を感じ始めてはいました。とはいえ、ついつい後回しになっていたところにコロナ禍が到来し、社会の変化とともに事業や組織が大きく変わるべき機会と考え、あえてブリコルールさんの枠組みに乗ってやってみようと思ったのです」(丸山社長)
相談を受けたブリコルールから進め方を提案し、まずは丸山社長と小野寺との1on1がスタートしました。当初は社長も「成果に対して半信半疑だった」というものの、回を重ねるうちに、「人事組織がこれからのソラの成長に不可欠である。そう信じていこうと思うようになりました。そして、カオスな中からクリアにすべきゾーンを決めてアウトプットすることで、なにかが昇華していくような感覚がありました」と丸山社長は語ります。
「楽しく、エキサイティングでクリエイティブな体験でしたが、時には逡巡や葛藤もありました。人にはそれぞれ様々な能力・気質があり、液体に多様な要素が溶け込むかのようにして”その人”が形成されています。それを評価指標という名目のもとで判断するのは、得意不得意を合わせ持つ個別の能力を輝かせたいとしてきた己の道徳律に反する気がして苦しみました。でも、小野寺さんに励まされつつ、”それはそれ“と区分し、今回の取り組みの目的に立ち返ることで乗り越えていくことができました」(丸山社長)
未来の可能性に蓋をすることなく、むしろその可能性を広げるために”足元の事業の発展”にフォーカスして評価指標や目標を自社のフィロソフィに則った形で抽出する。そして目標を明確に定めつつ、そこに変化やチャレンジといった変数を必ず盛り込んだ内容に仕立てる。こうして1on1セッションは10回以上に及びました。そして、2021年11月、いよいよ丸山社長が考え抜いた新制度が全社方針・目標と共に社内に公表されました。
「新たな方針や目標についての内容、その構造は精度高く仕上がり、これまでこだわってきたことがほぼ表現されていると感じています。取りこぼした部分もあり、もやもやが全て消えたわけではありませんが、創造のためのカオスなゾーンと、全社で取り組むべきクリアなゾーンを”一応は”分けることができました。そして、そのクリアなゾーンも決してロジカル一辺倒ではなく、必ずカオスな部分が流入してくる。ソラはそういう組織で、みんなもその一員なのだというメッセージを伝えるものになったと思います」
丸山社長から全体的な指針や評価の軸が示されたのを受け、2021年12月、人事制度づくりのバトンは3人のディレクターに委ねられました。
その1人、社歴が長い北井氏は、ソラの自由さ・創造性を大切にしていきたいと思いながらも、ディレクターという立場で逡巡し、「カオスのままではいられない」とクリアな人事制度や評価指標を求めていました。これまで公正な制度がないことで、評価者による甘辛の差やメンバーの自己評価書類の記述量などに違いが現れていました。また評価者とメンバー間の評価のすり合わせにかなりの時間を費やしてしまったり、チーム間の評価に納得感がないことなども問題視されていました。
「ソラの自由な環境は快適でしたが、いざ自分がマネジャーやディレクターとして、評価や育成を行う立場になった時、カオスゆえの進めにくさを感じるようになりました。また、挑戦的な活動を評価していく組織にしたいと考えながらも、曖昧なままにとどまり、結果的に実現できていないことに歯がゆく感じていました」(北井氏)
一方、涌波氏は社歴が短いながらも、当プロジェクトに参加。当初はルールが人の活動を制限してしまうことによる閉塞ムードを懸念し、はじめは「制度なんていらない」と思ったといいます。
「制度をつくるとその枠の中でしか考えなくなるという弊害を、前職で目の当たりにしました。目標や評価指標によって、自分が魅力を感じたソラのカオスという自由さ、あくまで創造性を大切にしようとする文化が損ねられるのではないかと不安に思いました」(涌波氏)
それぞれ異なる思いを胸に抱いていた二人ですが、丸山社長からの指針・制度が示された瞬間、北井氏は「やっぱり大切なことは変わっていない」とうなずき、涌波氏は「ソラらしさが守られる制度だ」と胸をなでおろしました。
「蓋を開けてみたら、等級の決め方や評価のポイントも、以前と言っていることと本質的には変わらず、私が既に暗黙知として”知っていた”ことでした。カオスの中で必死に秩序を模索した跡が感じられ、丸山社長の決意を強く感じました。これならばメンバーたちにソラの組織や人事の考え方をより早く正確に伝えられるでしょう。言語・文章にすることの強さ、重要性を改めて実感しました」(北井氏)
「以前までの小論文のような自己評価フォーマットも入社直後は新鮮に感じましたが、確かに他にもっと時間を掛けるべきことがある。自分自身も何をどこまで期待され任せられているのか、基準がなく戸惑うことがありました。その意味で共通する基準は重要で、しかも外から持ってきた基準ではなく、ソラらしさを反映させた”モノサシ”であることに大きな意味を感じました」(涌波氏)
新たな方針や目標に加え、指針や評価軸まで示されたことで丸山社長との共通言語が生まれ、コミュニケーションもスムーズになったといいます。そして、バトンを受け取ったディレクターを中心に実際の運用についての検討がはじまりました。たとえば、制作チームが営業売上の一部に責任を持つなど、ディレクターによる前例にとらわれない取り組みの提案もその一つ。卸の推進のため営業部門に相談しに行ったり、製品開発後に契約につなげる戦略を考えたり、目標の設定ラインの調整は必要とはいえ、新しい動きが生まれつつあるといいます。また、営業企画部門も本店の集客について責任を明らかにし、KPIを設定したことで、自発的に動く姿が見られるようになりました。
少しずつ良い手応えがあるとはいえ、新たな人事・評価制度を導入してまだ5ヶ月ほど。2022年4月には、新人事制度のもと初めての新入社員を迎え、1年目の育成カリキュラムや評価の運用にも取り組んでいます。
「既存の社員も新制度にまだ解釈しきれておらず、たとえば等級の範囲外だからとチャレンジを躊躇する人もいました。まだまだ人事制度の意図について理解を深めてもらう活動が必要です。今後も、メンバー全員が制度を上手く活用して事業を発展していけるよう、説明と対話を続けることが大切だと考えています」(北井氏)
「ソラらしさの表現として、各等級の社員への期待度やその内容、評価方法や処遇ロジックが透明化されていることは採用場面でのアピールポイントにもなります。個人と会社とのエンゲージメントという意味でも、ますます会社からの約束ごととしての人事制度は重要視されるのではないでしょうか」(涌波氏)
ソラ独自の評価指標を反映させた等級制度が導入され、社内に大きなインパクトを与えつつあります。目標設定によって個人の成長を促し、それを公正に評価する指標があることで一人ひとりが確実にステップアップしていけば組織全体の成長につながることになるでしょう。それは一人ひとりが自律し、それぞれの役割をプロアクティブに捉えて自由に働く、細胞型組織の実現に向けたステップにほかなりません。
「事業の発展・良好な関係・人的な成熟が揃ってこそ、理想的な働き方がかなうもの。そのために、まずは一人ひとりが何をするべきかを考え、自律的に動くことが期待されます。あくまで制度はツールであり、それをどう使いこなすかによって未来の自分たちの姿は大きく変わるでしょう。そのことを心に留めて、組織運営に携わっていきます」(北井氏)
北井氏、涌波氏に対して、丸山社長は「今回の施策に関わったディレクターたちは、いずれもソラが大好きで、自由な雰囲気や文化を好み、商品やサービスの成長に自分を重ねているという共通項があります。そんな彼らが、新しい人事制度をどのようにドライブし、浸透させていくのか。まだ時間はかかると思いますが、今一番関心があり、楽しみにしているところです。そして、彼ら自身も管理する”マネジメント”ではなく、メンバーの自立を促す、いわば”ディレクト”するリーダーとして成長し、それが組織の成長にもつながればと期待しています」と語ります。
丸山社長自身も、以前に比べて経営や人事組織に関する社内コミュニケーションがスムーズになり、その分の時間やエネルギーを新しい研究や作品づくりへと振り分けていきたいといいます。それは、経営者でありながらクリエイターとしても自由に働くという、ソラの一つのロールモデルといえるでしょう。
「今なお、あえて計画や目標設定を行わず、人事制度もなくとも、すべてのメンバーが自由に創造性を発揮して仕事をする。そんな組織を理想とし、夢見ています。不測の事態、予期せぬ出来事を嫌わず、むしろ計画的に呼び込みながら、刻々と個人と組織が成長する組織になりたい。未知のもの、難解なものに取り組むための余白を創り出すために、まずはこの人事制度での組織運営を成功させていきたいと思っています」(丸山社長)。
プロジェクトスタート当時、「こういうことはなかなか苦しいね」とじっと考え込む丸山社長のご様子が忘れられません。
目指す先の未来と、現状の会社や社員に求めたいことをどう繋げていくのか、社長との対話を重ねていきました。社長が抱く未来やものの見方をお聞きしながら(凡人の私には難解なことも多かったのですが…)、徐々に人事制度という枠組みが形作られていくにつれ、社長ご自身の思いがクリアになっていくように感じました。
人事制度はマネジメントの指標となりえます。社長と運用の要となる役職者をつなぐ一つの指標として生かしてほしいと願っています。