江戸時代から300年続く麻織物の老舗、中川政七商店。現在は生活雑貨の企画・製造・卸・小売のほか、業界特化型経営コンサルティングや流通サポートなどにも取り組んでおり、2018年には創業以来初めて社長職を中川家以外に承継したことが話題となりました。
今回インタビューにご協力いただいたのは、親族外承継の翌年に入社し、現在副社長を務める荻野 祐氏。今年、ブリコルールと連携してリーダー層に対するサーベイフィードバック施策を導入するなど、新たな取り組みも積極的に行っています。荻野氏は親族外の経営幹部として、どのように強い組織づくりに取り組んでいるのか。そして、そのための施策の1つであるリーダー層サーベイには、どんな思いや工夫があるのか。荻野氏のかつての上司であり、リーダー層サーベイ施策でタッグを組んだ、ブリコルール取締役の水田道男がお話を伺いました。
中川政七商店は1716年に奈良で創業以来、中川家によって代々承継されてきた企業です。2008年に現会長・中川政七が13代社長に就任し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げて全国にブランド直営店を展開し、業界特化型の経営再生コンサルティングも手掛けるなどして年商を13倍近く伸ばしました。
2018年、その中川が44歳で社長を退いて会長となり、それまでブランドマネージャーや社長秘書などを務めてきた千石あやが新社長に就きました。つまり、初めて親族外に事業承継を行ったのです。僕が入社したのは、その新しい経営体制が動き出して間もないときでした。
僕が社会人3年目のころ、組織コンサルタントとして中川政七商店を担当したことがあり、そこから縁が続いている中川から、社長退任後に声を掛けてもらったのがきっかけです。
経営には「アート×クラフト×サイエンス」という3つの側面があるとミンツバーグが言っていますが、僕は今回、ロジカルに分析や意思決定を行う「サイエンス」の部分を期待されたと認識しています。「アート」の部分は、ビジョンで組織を牽引するという意味では会長の中川、ブランディングやデザインを推進する意味では社長の千石という強力な存在がいますので、僕が「サイエンス」を担い、共に現場に入り込みながら「クラフト」していきたい、という思いで飛び込みしました。
背景としては、弊社がルールや仕組みより、コミュニケーションや信頼関係によって組織の骨格をつくっていこうとしていることが大きいでしょうか。例えば、リモートワークも行いつつリアルに集まって「あんじょうやる」という働き方を基本としているところなどにも、その方針が表れていると思います。
別の言い方をすると、タスクの定義・分割をしっかり行い、その組み合わせで仕事を進めるというより、状況に応じて当事者間ですり合わせを行いながら仕事を進めることを大切にしています。実際、組織ごとにジョブディスクリプションをきっちり作成することはあえてせず、部門横断プロジェクトや兼務などを積極的に行いながら事業拡大につなげてきました。
すり合わせながらの協働ですので、定期的に自身のあり方ややり方を協働者の目を通じて振り返ることの必要性を感じ、サーベイ施策を企画しました。「鏡」に映った自分に向き合うことで気づくこともあるのではないか、との発想です。 また、サーベイの利点は、課題の個別性に対応できるということですね。一律のあるべき論を学ぶことより、自身の課題とダイレクト向き合える利点があると考えました。
理由の1つは、サーベイ結果を効果的にフィードバックするには高い専門性が不可欠だからです。僕自身に組織コンサルの経験がありますから、社内で行う限界がよくわかります。それを高いレベルで実施する力のある人として、真っ先に水田さんが思い浮かびました。
もう1つの理由は、客観性を担保できるからです。社内だけでやろうとすると、余計な情報によって色眼鏡がかかってしまうことがあります。その点、しがらみのない社外の人ならあくまでもサーベイ結果に基づいてフラットにその解釈やアドバイスが伝えられるので、より効果的だと考えました。
サーベイ項目が幅広いので、そのすべてに全員が明確な回答ができるとは限りません。そこで「わからない」という選択肢があれば、印象や想像で5段階評価をつけることを避けられます。つまり5段階評価は意志をもってつけることになりますので、データの信憑性を高められます。
ただし、スコアがいくつだったかを重視しているわけではありません。回答の基準は人によって違うものなので、一概に比較できないものです。スコアそのものではなく、その凹凸に目を向けることが大事だと考えています。
300年の歴史ある企業を担っていく1人としてのプレッシャーは小さくないですが、やれることを全力でやる以外、自分にできることはありません。中川政七商店のビジョンの実現に向けて、なんでもやる。それしかないと思っています。
「なんでもやる」は「なんでもできる」とは違います。会長の中川と社長の千石、そして僕らという経営幹部、それぞれができることを役割分担して、自分たちにできないことであれば社外からのリソース調達も厭わずやっていきたいと思います。
ブランドとしての世界観が共有され、かつ各分野において高い専門性をもった人材が集まっている中川政七商店さんにおいて、今以上にその人材同士の協働性が高まれば、まさに「鬼に金棒」のように感じました。すり合わせ型の協働関係は不断の調整・メンテナンスが必須ですが、今回の取組がその一助になっているとするならば私たちも大変嬉しいことです。
本日はありがとうございました。
1984年生まれ。東京大学工学部を卒業後、リンクアンドモチベーションに入社。組織コンサルティングに従事するなか、2008年より株式会社中川政七商店を担当。その後ボストンコンサルティンググループにて、小売・メディア・金融等の業界の中長期戦略策定、組織変革、新規事業立ち上げ等を経験。2019年2月に株式会社中川政七商店に入社、取締役副社長・経営企画室室長に就任。産地・メーカー支援事業、経営企画・人事等を担当。