「より良い食の“あたりまえ”を創造し、一人ひとりの生活の質を高める」をパーパスとし、1918年の創業以来、パン食文化を通じて、消費者の生活を豊かにしてきた神戸屋。その先頭に立つのが、35歳という若さで6代目社長を継いだ桐山晋さんです。桐山さんは次の100年を見据え、主力だった包装パン事業を譲渡し、直営店や冷凍パンなどを軸とした「食文化提供事業」へと大きく舵を切りました。
大胆な事業ポートフォリオの転換に取り組み、さらに事業戦略を後押しする人事制度改定や次の幹部育成にも着手。この大きな組織変革に、ブリコルールは人事・組織の専門家として伴走してきました。今もなお精力的に変革を進める桐山さんに、ファミリービジネス承継の舞台裏や家業への思い、そして、新たな組織づくりや今後の展望などについて伺いました。
入社直後はとにかく吸収の時期と割り切る一方で、現場で感じた疑問や違和感、ギャップなどをノートに書き留めていました。会社に慣れきってしまう前の方が、客観的な視点で気づくことも多いと思ったんです。これが後に会社の課題抽出に役立つことになります。また、経営の知識に関しては、MBA取得や読書などで学びました。経営権の承継に向けた意識というよりは、会社のどこに課題があり、解決策を自分なりに考えて意識的に実務に活かすことを常に心がけていました。
たとえば、当社はもともと事業部制で、いわゆる縦割り文化の強い組織でした。これは変化の少ない市場環境のもと、安定的に供給責任を果たすことには長けているのですが、変化の激しい時代に、社内が連携して新しい価値を生み出す必要があるとなると、途端に機能不全になります。そこを打破するには、まずは部門長同士が協力し合う機会が必要だと思い、経営企画の立場を利用して「オンラインストアをやりたいので力を貸してください」と無理やり集まってもらいました。元々部門間でコミュニケーションをとる機会も少なく、自部門を守る意識が強かった部門長も、会社を良くしたいという思いは共通しています。オンラインストアでその機会をつくり、新たな価値を創出するために喧々諤々と議論しましたね。
まさにコロナは、神戸屋の「なぜ」「何のために」を突き詰めて考えるきっかけともなりました。もともと神戸屋は、パン食文化を広めて日本社会を豊かにすることを命題に、包装パンの製造やベーカリーレストランの直営、冷凍パン事業などへと多角化を図ってきました。しかし、いつしか手段であるはずの事業の継続が目的化し、売上や損益に囚われるようになっていたんです。中でも包装パン事業は“規模”や“密度”が強みとなる事業で、売上やシェア至上の考え方に固執する傾向がありました。
それぞれの事業が継続的に発展していくために、そして会社が世の中に価値を提供し続けるためには、どのような姿になるべきなのか?ーーそんなことを自問自答する中で、神戸屋としては量的なインパクトではなく、「パンそのものの価値を高める」という軸と、「パンのある豊かな生活シーンをもっともっと増やす」という2つの軸で、独自のインパクトを出す企業体への変革を決断し、包装パン事業は別のカタチで継続していくことを選択しました。
変革理論のセオリーである「解凍に十分な時間をかけ力を注ぐ」ことや、ファミリービジネスのリーダーに期待されている「子どもにとって魅力的な会社に仕上げていく」ことを愚直に実践されている稀有なケースです。長いお付き合いをいただいていますが、今回取材で初めて知ったことがたくさんありました。語ることと語らないことを丁寧に仕分けておられるところにも、ファミリービジネスのオーナーかつリーダーとしての矜持を感じます。
私は桐山社長のことを「しんさん」と呼ばせていただいている。ググってみると、「晋」とは、前に力強く進むという意味と、抑える、慎むという二つの意味があるという。経営とは「or」ではなく「and」だと言うが、しんさんは、名からして「and」を体現しているようだ。時に優しく、時に厳しく、そんなしなやかなリーダーが先導する組織を、微力ではあるがもっともっとしなやかになるよう力添えをしたい、と心から思えるインタビューであった。
株式会社神戸屋 代表取締役社長。1986年生まれ。京都産業大学外国語学部を卒業後、株式会社USENに入社。2012年に株式会社神戸屋に入社し、管理部門や店舗・製造現場での勤務を経て2018年に米国のコーネル大学ホテル経営大学院でホスピタリティ経営学修士号を取得。帰国後、2019年に管理本部経営企画部 部長、2020年に執行役員 経営戦略室 室長などを経て、2021年より6代目社長として家業を引き継ぐ。