ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン

志村真介・志村季世恵野元 義久

異なる文化に出会う
ソーシャル・イノベーションを生む組織

HOMETalks異なる文化に出会うソーシャル・イノベーションを生む組織

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(以下DID)」は、トレーニングを受けた視覚障害者に案内され、“完全なる漆黒の暗闇”の中で視覚以外の感覚を研ぎ澄まして様々な体験をするというソーシャル・エンターテインメント。その体験が、個人の意識を変え、やがて組織や社会をより良い方向へ変えていくと注目を集めています。その秘密を紐解くべく、日本法人の代表を務める志村真介氏、総合プロデューサーの志村季世恵氏をお迎えし、前後編の鼎談をお届けします。前編ではDIDの目的や意義とともに、ソーシャル・イノベーションを起こす組織のあり方について伺います。

真っ暗闇で感覚を研ぎ澄まし、人と交流する体験から得られるもの

野元
真介さん、季世恵さんとは、共通の知人主催のアートツアーでご一緒させていただきましたが、じっくりとお話を伺うのは初めてです。機会をいただき、感謝しております。
真介
こちらこそ。お話できることを楽しみにしていました。
野元
日本初のDIDスタートから24年目となられますが、「イン・サイレンス」や「ウィズ・タイム」など、バリエーションが増えましたね。私も何度か体験してきました。近々息子と「まっくらの中の電車に乗って感覚の旅へ」に参加する予定です。電車でDIDが体験できるなんてワクワクします。
真介

ぜひ、楽しんできてください。季世恵が「電車の中には“社会”が凝縮されている。だから絶対に本物で体験してもらわなくちゃ」と言うので、廃車になった本物のJRの車両を秋田から苦労して運んできたんですよ。

野元
本物の手触りや匂いを体験することで、明日からの電車を利用した生活にも影響を与えるんでしょうね。食禅イン・ザ・ダークでも本物のお坊さんに導いていただきましたが、DIDは本当に細かいところまで徹底されていますよね。都会に”完全なる真っ暗闇”をつくり、1回の人数をグループダイナミクスを起こしやすい8人に限定していたり。
真介

8人は体験を共有し、互いに”相手を感じられるギリギリの”人数なんです。実際の職場メンバーが一緒にDIDを体験すると、その人の手の温かさや優しさを感じられる声といったように、信頼関係を紡ぐために必要な「根の部分の人間性」が見えてくるといいます。これらはかつて社員旅行や先輩の引越手伝いなどで何となく感じ取ってきましたが、最近ではそういう機会が減っています。

志村 真介氏

野元
コロナ禍の影響も大きいですよね。人と直に接することが禁じられてしまいました。企業の中でもリモートワークやオンラインが増え、リアルなコミュニケーションが難しくなり、特に「人となり」を伝え合うノンオフィシャルな対話機会は激減しました。
真介

さらに聴覚障害者はマスクで読唇できなくなるし、視覚障害者は手で触れらないし、本当に困った、辛かったと思います。そして、体験からの対話がメインのDIDにとっても、まさに存続の危機でした。ただ一方で、世界中がボーナブル(困った)で脆弱性を感じられる状況になったからこそ、DIDの本質的な価値を再確認できたのも事実です。

たとえば、皆困った状態にあるなら、暗闇がなくてもフラットな対話ができるのではないかと「イン・ザ・ライト」を企画しました。すると視覚障害者と聴覚障害者の新たな協働関係が生まれたんです。視覚障害者が手話を覚えてコミュニケーションを取るようになったんですよ。人って困難に際した時こそ対話して、融合し始めるものなのだなあと思いましたね。実際、一般の企業での障害者雇用率が2.3%に対して、DIDの運営組織は65%が視覚・聴覚障害者なので、手話でこっそり雑談したり、ガラス越しに話したり、音で確認し合ったりしています。そうなると私たちのような「聞こえて見える方」がマイノリティです。逆に合理的配慮をしてもらう場面も増えてくるんですよ。

新たな学びが得られる「我と汝」のコミュニケーション

野元
異なる能力や弱点を持つ人々が対話し、協力し合う、そんな運営チームになるために、どのようなことを意識されているのでしょうか。
真介

障害者雇用というと、「自分とは別の世界、“向こう側”の岸に橋をかける」という考えになりがちです。でも、そうではないんです。自分と“地続き”であり、同じ時のもとで出会った「自分とは違う個性を持つ人」に向き合うことを大切にしています。

哲学者のマルティン・ブーバーが「最大の学びは出会いにあり、対話によって成長していく」と言っています。「我と汝」として相手と向き合えば、自分の糧になる。でも、橋向こうの“それ”にしてしまうと、分断が生じ、やがて無関心へと進みます。今日起きている見知らぬ子どもの事故もウクライナ侵攻も、自分とは関係ない「我とそれ」とすることは簡単です。でも、実はそれらも全てつながっていて、何らかの影響を受けていることは間違いありません。

野元
他人を「それ」として客体化する方が心は落ち着くし、ビジネスの場面ではモデル化して分析もしやすいですからね。短期の効率を高めることに捉われると、「我とそれ」ばかりに偏ります。
真介
仕事の場面では特にそうですよね。そこでDIDでは、企業向けに自分と周囲とのつながりを意識してもらう研修※1も行っています。たとえば、「自社製品がお客様に届くまでのプロセス」を果てから果てまで書き出して、そのつながりを可視化してもらいます。すると、それらすべてのつながりを支える互いの“信頼”が自社の価値の源泉だと気づきます。その後でDIDを体験すると、自分がいかに自己中心で、自ら壁をつくっていたかに気づく。人は自分の非は見えず、相手の非ばかりが見えて、「変えるべき」と思いがちですが、実は変えられるのは自分側だけなんです。相手を見て自分が変わり、関係を作り直すことで、もしかすると相手も変わるかもしれない。やはり「我と汝」のスタンスが重要なんです。
野元
真介さん自身が、かつて身を置かれていたビジネス世界ではモデル化や効率化がお得意で、競争の中で成功されたご経験があったわけですよね。「我とそれ」を脇に置いて、「我と汝」にシフトするには葛藤があったのではないですか。

野元 義久

真介
確かに、効率的に正解に到達する解を指示・命令する方が正しいと思っていた時期はありました。しかし実際は人間には感情があります。感情に起因するトラブルのリカバリーは互いも周囲も疲弊するので、必ずしも指示・命令が効率的ではないことがわかってきたんです。感覚や感情が交わされないチームが、長期ではいい成果を出せないのは明らかですよね。
野元
人は、“相手は自分を人として見てくれているのか?”“自分のことをわかろうとしてくれているのか?”“今起きていることに加担していると思っているのか?”を常に感じ取ってしまいます。先ほどの“それ”なのか“なんじ”なのか、ですね。でも、「言うは易し」です。なかなか「我とそれ」を手放せない人も多いでしょう。
真介
私もそんなときもありますよ。たとえば、ETCカードが使えない料金所でイライラします。すると、季世恵に「対応してくれた人に『ありがとう』って言ってみて。何かが変わるかもしれないよ、世界はつながっているのだから」と諭されたことがあります。私は未来の予定や過去のことなどを考えがちですが、季世恵は「今なかの今」に集中できる人なんです。それはDIDでも大切にしていることで、彼女には常に気付かされることが多いですね。
野元
なるほど!真介さんのような方でも、そういうときがあると伺ってほっとしました(笑)。ぜひ「我と汝」で人や事象に向き合えるコツや工夫などがあればお聞かせいただけますか。
真介
一般的に人は「できないところ」を見つけるのが得意なんですよね。子どもがテストで80点だと、取れなかった20点が気になり、「できないことを指摘すれば成長する」と思っている。私ももちろんそうです。だから、意識して使う言葉を変えるようにしました。たとえば、「障害者だから」できない、ではなくて、「障害者だから”こそ”」と変えると「できること」に向けて脳が働き始めるんです。「子どもだからこそ」「Aさんだからこそ」と、光が当たっているところを見つけにいく。社会問題についても、深刻さを見せて行動変容を訴えることもできますが、リラックスして楽しむ中で自らの変化を促す方法もあるはず。そんなイソップ童話の「北風と太陽」でいうところの"太陽のアプローチが”ソーシャルエンターテインメントであり、それを提供するDIDの組織のあり方だと思っています。

弱みを見せて頼り合うことで、快適で強い組織が実現する

野元
太陽の光があたっているところを見つけるには、目の前の人を正視し、影の部分も感じとりながら、全体に対して「対話」がしていくことが必要ですね。私の会社では全体をみることを“コンテンツだけでなくコンテクストを感じとる”と表現しています。でも、日々の慌ただしい中では「感じとる」ってなかなか難しいです。
真介
だからこそ、「互いに五感を研ぎ澄ますこと」が必要なんです。たとえば、尖った小石の上を裸足で歩けば痛いし、土側も傷つく。でも、気持ちを柔らかくして、丁寧に感覚と向き合えば、自分側も土側も痛くない。五感が柔らかくなると、不思議と相手を慮ったり、相手の立場になる能力がすーっと出てくるんです。これは合意形成しやすくなるだけでなく、経験や時間を共有することで、不満なども率直に言えるような「対等で心地よい関係」になれるということではないでしょうか。
野元
DIDの体験として、自分の感覚を大切にすると、相手を慮る気持ちが生まれるというのは私も覚えがあります。普段は超のつくせっかちなんですが、DIDではペースが遅い人がいたときに「どうしたのかな」「何か手伝えないかな」と思うんですよね。忘れている”柔らかい自分”を思い出す感じがあります。これを繰り返しているからか、先日は白杖をついた方に尋ねられた後、行く先をそっと見守るということがありました。黙ってじっと見守っていたんですが、その方は気配でわかったんですね。階段を上った後に振り向いて「ありがとうございました」とおしゃられたんです。すごく嬉しかったですね。
季世恵
それはステキな経験でしたね。人は体験することで、見える範囲が変わるものなのでしょう。「DIDの体験後に、街で杖をついた人に出会うことが多くなりました」とは、皆さんからよく聞きますが、それは見ていなかったものが見えるようになったということです。

志村 季世恵氏

野元
あっ、季世恵さん、こんにちは。
DIDを繰り返し体験して、少しずつ私の中にいろいろな変化が起きています。、忙しい中でも、人を感じられる”柔らかい自分”を取り戻せるようになりましたし、私から「助けて」「手伝って」と口に出せるようになりました。DIDは「人に迷惑をかけない」「頼らないのが強い」という洗脳を解くのにも有効かもしれません。
季世恵
真っ暗闇では“頼らない・頼れない”ではいられないことを実感しますからね。そもそも完璧な人はいないし、頼れない社会は息苦しいだけでしょう。その意味で、障害や弱点がある人は強いんです。人の優しさや助け合う大切さを知っていて、人を信じる強さを持っている。ある視覚障害者が「横断歩道で『青ですよ』と言われて、疑っていたらずっと渡れないです」って笑っていました。同じように、私もダメなところが多くて失敗ばかりだからこそ、助けてくれる人がいて、「人っていいな」って心から思えるんです。
真介
優秀かもしれないけれど似たような人が集まった組織では、スケールしやすいけど崩壊もしやすい。でも、大きさも形もバラバラな石で組まれた城壁の石垣がかみ合うような組織は、助け合いの摩擦力で強靭になっていきます。そして、一人ひとりの感じる力、助け合う能力が高まれば、野元さんがなされたように「助ける」「見守る」の距離感も掴めるようになって、より快適で強い関係が生まれてくる。なかなか難しいけれど、そこは体験・実践あるのみといえるでしょう。

TVドラマ「ラストマン」にも見る、多様性重視の風

真介

DIDも24年間頑張って、体験者がやっと24万人を越えたところです。だから、今回、TBS日曜劇場「ラストマン-全盲の捜査官-」※2とのコラボレーションで、DIDの存在をたくさんの方に知っていただけたのは本当にうれしいことでした。

福山雅治さん演じるFBI捜査官が「目が見えないからこそ特別な感性を持つ人」で、その能力を駆使して、さらにいろんな人と協力して事件を解決するのですが、その姿がとてもかっこよくて。「ラストマン・イン・ザ・ダーク」※3というコラボ企画にも、たくさんの方が来てくださって、マスメディアの凄さを実感しました。

ラストマン・イン・ザ・ダーク

TBS日曜劇場「ラストマン-全盲の捜査官-」とのコラボレーションプログラム「ラストマン・イン・ザ・ダーク」

野元
全くタイプの違う大泉洋さん演じる刑事さんとの掛け合いや連携の様子も、軽快で明るくて、本当に魅力的ですよね。DIDの運営組織もこんな感じなのかなと想像しながら観ていました。あのような相乗効果が職場や企業でも起きていけば、確かに新しい力が生まれそうです。
真介
皆実捜査官は、スーパーマン的なキャラクターであくまでフィクションですけれどね(笑)。でも、彼の人物像は、DIDに実在するアテンドの中から「料理が得意な人」「長距離で世界陸上3位」「ITの熟練者」などが参加して作り上げていったんです。福山さんも日常的に白杖を使って生活していたそうで、アテンドが「視覚障害者がつく白杖の音になってきた」と驚いていました。ドラマの制作の場面でもいろいろな融合が起きていて、こうした経験は私達にとって得難く、本当に大切な学びになりました。
野元
裏側でも、ドラマのようなことが起きていたんですね。異なる文化の融合なんて、まさにDIDのあり方そのものです。「ラストマン」のようなドラマが登場してきたことからも伺えるように、社会もこれまでの「我、それ」のスタンスに疑問を持ちはじめているんじゃないかと思います。
真介
確かにその気配はありますね。さらにこれまでは体験→理解→確認の順番だったのが、疑問を持ったら仮説を立てて質問し、答えを導いてから体験・確認するようになってきたようにも感じます。たとえばChatGPTで質問すると答えが出てきて、それを体験しにいくという順番ですね。逆引きでDIDを見つけて、アプローチいただくことも増えてきました。
季世恵
それで、いろんな文化が融合した特異な組織や事業の実践者として、DIDに興味を持っていただけるようになったのかな。最終的には、人間にできてAIにできないことは「体験から感じること」で、それが組織や社会のイノベーションにつながると考える方が増えているのかもしれません。
野元
そうだと思いますよ。DIDで個人が変わる、その個人が組織に影響し、社会が変わっていく。ソーシャルイノベーションは一部のカリスマではなく、一人ひとりが少しずつ変化し、行動することで実現するのではないかと期待しています。続いては、DIDを牽引されてきた、真介さん、季世恵さんの夫婦経営者としてのパートナーシップや事業継承などについて伺えたらと思います。

志村 真介氏、志村 季世恵氏、野元 義久

GUEST PROFILE

志村 真介(しむら しんすけ)

ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン Founder
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ理事

関西学院大学商学部卒。コンサルティングファームフェロー等を経て1999年からダイアログ・イン・ザ・ダークの日本開催を主宰。1993年日本経済新聞の記事で「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」と出会い、感銘を受け発案者ハイネッケに手紙を書き日本開催の承諾を得る。2020年8月、東京・竹芝「アトレ竹芝」内にダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」をオープン。著書に『暗闇から世界が変わる ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの挑戦』(講談社現代新書)

志村 季世恵(しむら きよえ)

一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事
ダイアログ・イン・ザ・ダーク コンテンツプロデューサー
ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン理事

1999年よりダイアログ・イン・ザ・ダークの活動に携わり、発案者アンドレアス・ハイネッケ博士から暗闇の中のコンテンツを世界で唯一作ることを任せられている。活動を通し、多様性への理解と現代社会に対話の必要性を伝えている。また、バースセラピストとして、心にトラブルを抱える人、子どもや育児に苦しみを抱える女性をカウンセリング。クライアントの数は延べ4万人を超える。2023年の新著『エールは消えない いのちをめぐる5つの物語』、『暗闇ラジオ対話集―DIALOGUE RADIO IN THE DARK-』のほか、著書に『さよならの先』(講談社文庫)、『いのちのバトン』(講談社文庫)、『大人のための幸せレッスン』(集英社新書)など。 ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの挑戦』(講談社現代新書)

ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン:https://did.dialogue.or.jp/
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ:https://djs.dialogue.or.jp/

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