リクルートワークス研究所 Works編集長

石原 直子小野寺 友子

一人一人の可能性が発揮される
創発的な「職場」に

HOMETalks一人一人の可能性が発揮される創発的な「職場」に

ダイバーシティからインクルージョンへ

小野寺
石原直子さんの著書「女性が活躍する会社」という本を読んで共感する部分が非常に多くありました。石原さんはリクルートワークス研究所で「人と組織」について最先端で研究を進めておられるわけですが、近年の研究で特に注目されているキーワードは何でしょうか。
石原氏
本のご紹介、ありがとうございます。近年、海外に行くとダイバーシティ&インクルージョンという言葉をよく耳にします。ダイバーシティは多様な人材を受け入れ、組織のパフォーマンスを高めようという考え方で、日本でも広く流通している言葉です。しかし実際には、多様な人材を受け入れた結果、現場では暗黙的な排斥が生じていることもあります。例えば数値目標を設定して女性社員を一定数雇用したとしても、マネジャー以上の職務につく女性はなかなか現れないといった現状があります。せっかく多様な人材を受け入れたとしてもその能力を活かすことができなければ、人材はどんどん流出していってしまいます。そこで近年ダイバーシティと必ずセットで語られているのがインクルージョンという考え方です。
小野寺
インクルージョンとはどのような考え方と捉えていますか。
石原氏
インクルージョンという概念に対する適切な日本語訳は、実はなかなか見つかりません。アメリカでインクルージョンを言い換える言葉として紹介されたものの1つは“オーセンティシティ”という言葉です。日本語で言うと“本物、かけがえのないただひとつの真実”といった意味ですね。それは、自分が本来持っている真実の姿でいる、という考え方です。たとえば、「オーセンティック・リーダーシップ」という考え方があるのですが、それは、自分の中から溢れ出してくるリーダーシップがなければ、チームをリードしていくことは出来ないと教えてくれます。自分自身に対して誠実で裏表のない状態でなければ、本当のリーダーになることは出来ないという考え方です。インクルージョンとは、それぞれの人がオーセンティシティを実現する、つまり、自分のありのままの状態でいられることだ、というわけです。インクルージョンは、家族の存在に例えることもできます。家族という存在は、特定のスキルがあるかどうかによって愛情が変化するものではありませんよね。そこに居てくれることが第一で、存在そのものに価値があります。あなたを信頼し、あなたがやってくれることに感謝するという考え方はキリスト教的な思想も強く影響しているのかもしれません。その点、今の時点では、日本のダイバーシティは、形式だけの制度整備などに留まり、不十分な印象があります。これまで日本では全員が何時間でも働いてくれるという前提で仕事を割り振ってきましたから、残業ができないとか短時間勤務でしか働けない、といった制約を持つ人は「ありのままでいいよ」という受け入れられ方をしていないと思います。しかし、それでは一人ひとり人の能力を最大化することはできません。働く時間が少ないからという理由で重要な仕事を任せられないのは、上司がマネジメントを怠っているということになるのではないでしょうか。
小野寺
会社の問題は職場の問題に集約される、と私たちは考えています。ダイバーシティとして時短勤務などのワーキングマザーを支援する制度をいくら会社に盛り込んだとしても、結局それを運用する現場である職場で多様な存在自体を認めるような取り組みがされていなければ、現状は改善されないことを実感しています。そうした現状と向き合うとき必要となってくるのが、インクルージョンという考え方だと感じます。
石原氏
メンバーを変えるのではなく、今いるメンバーの一人ひとりが能力を発揮できるような状態にしていくべきですよね。日本の企業はもっとそうした努力をする必要があります。海外でタレントマネジメントを熱心にやっている企業では、メンバーの100%の能力を引き出すことこそがマネジャーの仕事だと考えています。

部下の力が最大限活かされるチームを
つくることがマネジャーの仕事

石原氏
ミドルマネジャーは大変だ、受難の時代だ、とかれこれ20年間ずっと言われてきています。マネジャーになった瞬間、やらなければいけないことはガラリと変わるはずなのに、多くの日本のマネジャーはプレイヤーのまま、マネジメントの経験や訓練を受けないままマネジャーになってしまいます。
小野寺
マネジャーとプレイヤーでは全然役割が違うのに、その具体的な部分を学ぶチャンスはないのが実態だと思います。
石原氏
マネジャーというのは、チームの目標を自分以外の人達に達成してもらわなければなりません。つまり、「喜んであなたをお手伝いします」と部下が思えるように、どのように振る舞い、どのような関係性を築くかが問われているのです。また、部下の能力を見極め、さらに部下の能力をもう一段階ストレッチするような仕事の割り振りをする「アサインメント」力が必要となってきます。非常に重要なことなのですが、この力について語られることは今の日本ではほとんどありません。
小野寺
そもそもマネジャーたちがこれまでのキャリアの中で、自分自身のオーセンティシティを大事にされた経験が乏しいことも大きな原因の1つですよね。だからまた、同じようなマネジャーを生んでしまうというサイクルに陥っているのではないでしょうか。
石原氏
その点はタレントマネジメントの話でも問題になってきます。タレントマネジメントとは既にあるポストに対して“人材をどう配属しよう”と考えるのではなく、人に焦点を当て“その人材を活かすためにはどのようなキャリアプランが必要だろうか”と考える人事評価制度です。その人が許容できる速度で最速の成長ができる環境を提供する、というのがタレントマネジメントにおける上司の役割です。でも、自分が、上の人に能力を認められ、その能力を最大化させるような仕事を任せてもらった経験のないミドルマネジャーには、部下に対して自分の能力を超えていくような大きな仕事を任せることなんてできません。

石原 直子×小野寺 友子

これからのリーダーシップ開発は、
意識無意識の感情を取り扱うことから

石原氏
仕事をしていく中でその人の能力は伸びていきますが、結果が同時に伸びるかは別です。しかしミドルマネジャーは結果だけをみて能力の評価をしてしまいがちです。そうした問題はどう解決していったらいいのでしょうか。
小野寺
その下地となる考え方がインクルージョンなのではないでしょうか。まずは双方がオープンになることが必要です。みよう、みてもらおうとしなければ、能力もポテンシャルもみえません。感情という土壌を耕す作業から始める必要があります。
石原氏
やっぱりそれは必要なことですね。世界的に活躍するグローバル企業の人事の人たちは、人に心を開いてもらうための技能を真剣に学んでいます。欧米ではアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)に気付き、それを取り扱う研修が多く行われています。話を聞く側に何らかのバイアスがあったら、相手のことを理解するなんて絶対にできません。自分のバイアスを超えて相手をみる訓練が必要、ということです。リーダーシップ開発というのは、最終的にはそこに行き着くものだと考えています。その点について、日本はかなり世界に遅れをとっているように思います。

新しい地平が見えるところまで
クライアントと伴走する

小野寺
日本の企業組織はこの20年間でどのように変化してきたと感じますか。
石原氏
変わらない企業もまだまだ多くありますが、変わってきたと感じる部分もあります。世の中を良くしたいと思う力がビジネスになる時代になってきました。逆に、そうした思いがない会社は生き残れない時代になってきたとも言えると思います。社内のことばかりを考えてマーケットを見ていない会社は生き残れない、ということはどの企業も気付いています。遅かれ早かれ全ての企業は変わっていくと思います。
小野寺
ご自身の仕事については、どのように捉えていますか。
石原氏
私自身は、新しい課題をとらえ、その構造を解明し、人事の人たちや働く個人に伝えていくのが自分の仕事だと考えています。一方、ブリコルールはチェンジエージェントの側だと思います。どこの会社も自分たちだけの力で変革を起こすのは難しいです。変革のきっかけを一緒に創り、一緒に考えて、きちんと最後まで伴走してくれる存在が必要です。実際にブリコルールのワークショップを受けた企業から「何をやったら変わるのかということを本気で考えてくれる」という感想を聞いています。そんなみなさんの熱量が、職場を変える原動力になるのではないでしょうか。私は社会に対して時に新たなものを示し、警鐘を鳴らしていくような存在ですが、ブリコルールには新しい地平が見えるところまで皆を連れていってくれる存在となることを期待しています。本気で一緒になって考えてくれる伴走者に出会えた組織は本当にラッキーだなって思います。
小野寺
本当にやりたいことがあるクライアント企業のためにとことんお付き合いしたいですし、それにはお互いに覚悟がないといい仕事はできないと思っています。
石原氏
本当に変わるってそういうことですよね。腹を括らないと変われない。お互いに覚悟しないと進めないと思います。

自分らしさ、その人らしさを
大切にする社会へ

石原氏
国内国外を問わず様々な企業や組織の取り組みを数年に渡って見てきた身としては、今、ばらばらに見えていた現象が1つの方向に集約されつつあると感じています。オーセンティシティやインクルージョンが尊重されない環境には、結局のところ人は集まってきません。これだけ成熟した世の中では、それ以外に組織が人を惹きつける手段はないと思います。
小野寺
最近私が仕事をしていてよく耳にする言葉は“チェンジ”や“チャレンジ”ではなく“ビーユアセルフ”といった言葉です。組織のために働きながら、あなた自身であれ、ということですよね。
石原氏
組織のために個人が変わるのではなく、個人個人が一番いいと思うことの実現を支援する、という形でしか会社は成立しない時代になってきているように感じます。人と向き合う仕事をするというのはそういうことであるべきだと思います。
小野寺
マネジメントにおいても、大切なのは成果や行動はもちろんですが、現場で働く人々のメンタルモデルまでどうアプローチしていくか、ということなのではないかと強く感じますね。
石原氏
本当にその通りだと思います。私たちが銀行にいた時代とは、全然違う世界になってきましたね。ただ、あの頃の経験があるからこそ、こうして今も走り続けるエネルギーがあるようにも感じます。
小野寺
そうですね。あの頃はたくさんのことを学びました。まさか、こんな風に対談する日が来るとは予想していなかったけれど(笑)、改めて話ができてよかったです。今日は本当にありがとうございました。

GUEST PROFILE

石原 直子

人材マネジメント雑誌「Works」編集長。慶應義塾大学卒業後、都市銀行、コンサルティング会社を経て2001年7月にリクルートワークス研究所勤務となる。これまでに人材ポートフォリオ、ダイバーシティ、リーダーの研究などに取り組んできた。 2003年から2007年までリクルート人事部を兼任し、理論と実践の融合に取り組んだ。 近年ではタレントマネジメントの視点から、女性管理職、事業創造人材、高度外国人材などの研究をおこなっている。研究領域:人材マネジメント領域の中でも、特にタレント・マネジメントを専門とする。企業におけるコア人材、次世代リーダーとなる人々を、日本企業がどのように獲得し、活用すればよいのかを解明したいと考えている。

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