CASE #8 / 株式会社中川政七商店

親族外承継を経て、より強い組織へ
――300年企業の挑戦

HOMECASE株式会社中川政七商店

江戸時代から300年続く麻織物の老舗、中川政七商店。現在は生活雑貨の企画・製造・卸・小売のほか、業界特化型経営コンサルティングや流通サポートなどにも取り組んでおり、2018年には創業以来初めて社長職を中川家以外に承継したことが話題となりました。

今回インタビューにご協力いただいたのは、親族外承継の翌年に入社し、現在副社長を務める荻野 祐氏。今年、ブリコルールと連携してリーダー層に対するサーベイフィードバック施策を導入するなど、新たな取り組みも積極的に行っています。荻野氏は親族外の経営幹部として、どのように強い組織づくりに取り組んでいるのか。そして、そのための施策の1つであるリーダー層サーベイには、どんな思いや工夫があるのか。荻野氏のかつての上司であり、リーダー層サーベイ施策でタッグを組んだ、ブリコルール取締役の水田道男がお話を伺いました。

組織を支えてきた「日本の工芸を元気にする!」というビジョン

水田
荻野さんとはかつてコンサルタントとして一緒に仕事をしていた仲間なので、改まって対談するというのもなんだか変な感じですが(笑)、今日はじっくりお話をお聞かせください。
荻野
はい、よろしくお願いします(笑)。
水田
荻野さんがボストンコンサルティンググループから中川政七商店に移られたのは2019年でしたね。そのとき中川政七商店はどのような状況だったんですか。
荻野

中川政七商店は1716年に奈良で創業以来、中川家によって代々承継されてきた企業です。2008年に現会長・中川政七が13代社長に就任し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げて全国にブランド直営店を展開し、業界特化型の経営再生コンサルティングも手掛けるなどして年商を13倍近く伸ばしました。

2018年、その中川が44歳で社長を退いて会長となり、それまでブランドマネージャーや社長秘書などを務めてきた千石あやが新社長に就きました。つまり、初めて親族外に事業承継を行ったのです。僕が入社したのは、その新しい経営体制が動き出して間もないときでした。

水田
成長を牽引してきた社長の退任、しかも初の親族外への承継ということで、周囲には衝撃が走ったでしょうね。
荻野
中川は20代後半で入社した当初から、自身が45歳になるころを目安に親族外に経営のバトンを渡すことを考えていたようです。そこをゴールに設定して全力でブランディングや組織づくりなどを推進し、タイミングを見計らって親族外承継を実行に移しました。社内には「社長ではなくビジョンに仕える」という考え方が浸透していたので、社長交代によって混乱することはなかったと聞いています。
水田
そのようなタイミングで荻野さんが経営に参加することになったのには、どんないきさつがあったのでしょうか。
荻野

僕が社会人3年目のころ、組織コンサルタントとして中川政七商店を担当したことがあり、そこから縁が続いている中川から、社長退任後に声を掛けてもらったのがきっかけです。

経営には「アート×クラフト×サイエンス」という3つの側面があるとミンツバーグが言っていますが、僕は今回、ロジカルに分析や意思決定を行う「サイエンス」の部分を期待されたと認識しています。「アート」の部分は、ビジョンで組織を牽引するという意味では会長の中川、ブランディングやデザインを推進する意味では社長の千石という強力な存在がいますので、僕が「サイエンス」を担い、共に現場に入り込みながら「クラフト」していきたい、という思いで飛び込みしました。

中川政七商店 荻野祐氏

多様な個人の課題に対し、客観的にアプローチ

水田
より強い組織づくりに向けた一施策として、今年、リーダー層対象のサーベイを新規作成しそのフィードバックセッションまで実施したいということで、ブリコルールにご相談いただきました。なぜそのような新しい取り組みが必要だったのか、改めてお聞かせください。
荻野

背景としては、弊社がルールや仕組みより、コミュニケーションや信頼関係によって組織の骨格をつくっていこうとしていることが大きいでしょうか。例えば、リモートワークも行いつつリアルに集まって「あんじょうやる」という働き方を基本としているところなどにも、その方針が表れていると思います。

別の言い方をすると、タスクの定義・分割をしっかり行い、その組み合わせで仕事を進めるというより、状況に応じて当事者間ですり合わせを行いながら仕事を進めることを大切にしています。実際、組織ごとにジョブディスクリプションをきっちり作成することはあえてせず、部門横断プロジェクトや兼務などを積極的に行いながら事業拡大につなげてきました。

すり合わせながらの協働ですので、定期的に自身のあり方ややり方を協働者の目を通じて振り返ることの必要性を感じ、サーベイ施策を企画しました。「鏡」に映った自分に向き合うことで気づくこともあるのではないか、との発想です。 また、サーベイの利点は、課題の個別性に対応できるということですね。一律のあるべき論を学ぶことより、自身の課題とダイレクト向き合える利点があると考えました。

水田
社内だけで設計・実施するのではなく、外部と連携して行ったのはなぜでしょうか。
荻野

理由の1つは、サーベイ結果を効果的にフィードバックするには高い専門性が不可欠だからです。僕自身に組織コンサルの経験がありますから、社内で行う限界がよくわかります。それを高いレベルで実施する力のある人として、真っ先に水田さんが思い浮かびました。

もう1つの理由は、客観性を担保できるからです。社内だけでやろうとすると、余計な情報によって色眼鏡がかかってしまうことがあります。その点、しがらみのない社外の人ならあくまでもサーベイ結果に基づいてフラットにその解釈やアドバイスが伝えられるので、より効果的だと考えました。

中川政七商店 荻野祐氏 BRICOLEUR水田

コレクション効果を最大化するために熟慮した設問設計

水田
サーベイの設計において意識したことは何ですか?
荻野
サーベイには「質問してデータを集める動きそのものが人々の行動を変える原動力になる」という、いわゆるコレクション効果が働きますので、質問づくりにはエネルギーを注ぎました。弊社において、協働をするにあたっての課題が浮かび上がりやすい問いは何なのか?という観点でリアルな課題を丁寧に収集し、帰納的に作り上げていきました。そのうえで、「鏡」に映った自分からのメッセージが明確になるように、問いの整理・構造化を工夫したことでしょうか。
水田
御社は仕事に向き合う姿勢などを整理・言語化した言葉の体系をおもちだったので、私は当初、そこから演繹的に発想するものと想定していました。しかしそうではなく、現場の課題からの積み上げを大切にされる荻野さんの考え方はとても印象に残っています。
荻野
オリジナルで設計するからには、どのような課題に気づいて欲しいのか、向き合ってほしいのかという目的の明確化が重要だと思います。ただ、あまりそれが前面化すると「鏡」の信憑性が減じてしまう可能性があるので、そのあたりの塩梅は難しいですね。
水田
また、サーベイの実施方法においても工夫がありましたね。その1つは、サーベイ回答者を部署内だけでなく部署外からも選定したことです。
荻野
安易に同一部署メンバーを回答者としてしまうと、視点の抜け漏れや偏りが生じます。先ほどお話ししたとおり部署を超えた協働が多い会社なので、さまざまな関わり方をしている人の多様な意見を取り入れることが大切だと考えたんです。
水田
もう1つの工夫は、サーベイ回答に、5段階評価とは別に「わからない」という選択肢を設定したことです。
荻野

サーベイ項目が幅広いので、そのすべてに全員が明確な回答ができるとは限りません。そこで「わからない」という選択肢があれば、印象や想像で5段階評価をつけることを避けられます。つまり5段階評価は意志をもってつけることになりますので、データの信憑性を高められます。

ただし、スコアがいくつだったかを重視しているわけではありません。回答の基準は人によって違うものなので、一概に比較できないものです。スコアそのものではなく、その凹凸に目を向けることが大事だと考えています。

フィードバックセッションを実施し、それぞれの成長を後押し

水田
サーベイ結果を本人にフィードバックする場として、ブリコルールの企画・進行によるセッションを実施しました。まず、サーベイ結果を受容する心構えをつくるため、グループワークなど用い、サーベイで採用されている構造の必然性や、質問項目に対する自分ごと化を行うという展開でしたね。
荻野
他者評価を受け止めるのはそれなりの心理的ハードルがあるものです。可能な限り、結果を受け止める心の態勢を整える工夫は必須だと思います。
水田
グループワークではブリコルールのメンバーが1人ずつグループに入ってファシリテーションしましたが、皆さん、とても前向きに取り組み、結果を素直に受け止めていらした様子が印象に残っています。

BRICOLEUR水田

水田
リーダー層サーベイをより効果的に組織力向上につなげるためには、これを単発の施策とするのではなく、日ごろの取り組みと連動させることが重要です。フィードバックセッションのあとはどう対応されているのでしょうか。
荻野
弊社では半年に1回、経営層と現場との貴重なコミュニケーションの機会として、直属の上司、担当役員、社長の3人が本人と膝を突き合わせて人事考課面談を行っています。サーベイのスコアが人事考課に直接影響するということはありませんが、面談参加者が事前にサーベイ結果を確認し、面談に活かすことにしました。本人がどんな課題をもっているかが共有された状態から話し合えるので、より建設的な面談が可能になったという手応えがあります。
水田
それぞれの自己変容や成長につながりやすいですね。
荻野
特に良い意味で自己肯定感が高く柔軟性がある人たちは、守りに入ることなく真摯に課題に向き合い、自分をよい方向に変化させていると感じますね。

中川政七商店 荻野祐氏

ビジョンの実現に向けた覚悟

水田
最後に、副社長として今後の中川政七商店をどのようにしていきたいか、お考えをお聞かせください。
荻野

300年の歴史ある企業を担っていく1人としてのプレッシャーは小さくないですが、やれることを全力でやる以外、自分にできることはありません。中川政七商店のビジョンの実現に向けて、なんでもやる。それしかないと思っています。

「なんでもやる」は「なんでもできる」とは違います。会長の中川と社長の千石、そして僕らという経営幹部、それぞれができることを役割分担して、自分たちにできないことであれば社外からのリソース調達も厭わずやっていきたいと思います。

水田

ブランドとしての世界観が共有され、かつ各分野において高い専門性をもった人材が集まっている中川政七商店さんにおいて、今以上にその人材同士の協働性が高まれば、まさに「鬼に金棒」のように感じました。すり合わせ型の協働関係は不断の調整・メンテナンスが必須ですが、今回の取組がその一助になっているとするならば私たちも大変嬉しいことです。

本日はありがとうございました。

中川政七商店 荻野祐氏 BRICOLEUR水田

GUEST PROFILE

荻野 祐(おぎの たすく)

1984年生まれ。東京大学工学部を卒業後、リンクアンドモチベーションに入社。組織コンサルティングに従事するなか、2008年より株式会社中川政七商店を担当。その後ボストンコンサルティンググループにて、小売・メディア・金融等の業界の中長期戦略策定、組織変革、新規事業立ち上げ等を経験。2019年2月に株式会社中川政七商店に入社、取締役副社長・経営企画室室長に就任。産地・メーカー支援事業、経営企画・人事等を担当。

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