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  • 2018.10.09

    自責という魔法。

    野元義久

    あなたの会社は「自責性が強い人」と「他責」な人、どちらを採用しますか?

    私はこの質問をされて、自分が新卒で入った会社で活躍し切れなかったことが腑に落ちました。
    ※ネタは最後に(^^)

    私の近くだけでしょうか?
    「自責」は好まれます。

    私自身、自責であろうとしていますし、そんな自分に似た姿勢であることを他人にも求めています。それが私の美学のようです。親の教えでもなかったので、社会性を高めようとしてこうなったんだろうと思います。

    なんとなく、自責な人は「自ら変わっていく、もっと努力する感じ」がするので”安心”します。職場でも「そうだよね、(自分が変わらなきゃ、って)わかってるね。じゃあ、よろしく」と後は任せがちです。

    かたや他責な人に付き合ってると萎える気がします。「文句ばかり言っても何も変わらないよ」「それ愚痴?」「自分が出来ることはないの?」しまいに自責性の強い私は「おれが悪いってことかよ?!」のような反応が芽生えることもあります^^;

    私が当事者の一人の場合、だいたいそんな感じです。

    しかし、当事者でなく、ある仕事の場面で「自責という魔法」があることに気づきました。

    その人は「私が変わらないと。私がいけないですね」と謙虚、真摯に応対されます。でもどうしても何かひっかかる。気持ち良くない。どうやら「そこまでで思考が止まっている」ように感じたからでした。

    精神的に正常範囲にいる人間は自分を傷つけきれません。一線を越えないように自己防衛するはずです。だから「自責からの原因追求はどこかで手が緩む」のではないでしょうか。そこまで行かずとも、自責姿勢を見せたらその場が収まることが多いので(みんな自分のことで忙しいし)、それでおしまいにしてしまう。そして、自責同士だと「じゃあ、それぞれで」となりタコツボ化する。やがてそれに慣れて、増幅サイクルに入ってしまう。

    これは魔法のようです。
    何だかみんなで安心し続けてしまうという自責マジック。

    最近、経営チームによる部署間連携をテーマにした仕事が多いのですが、他責ポジションに立てず求め合うことが出来ないため、曖昧な討議結果になることがあります。

    他責ポジションなら徹底的に客観的に原因追求することが出来ます。難題にも活路が見出せる可能性が高まります。

    そろそろネタです。

    私が新卒で入ったリクルートは、当時「他責な人」を採用したらしいのです。社会に強い問題意識を持つ人を採る。そして入社したら撤退的に”自責性を高める”。すると、全権意識を持つビジネスパーソンが育つというシナリオだったらしいのです。最近、知りました。確かに、自責な人が他責性を高めるのは難しいと思います。

    私は自責と付き合い過ぎて活躍し切れなかったんだ…と、えらく納得してしまいました(^^)

    自分を客体化して原因追求出来るといいのでしょうが、それも厳しいことです。
    部署間連携で言えば、”尊重をベースに、自部署を棚上げして求め合う”ことが早道です。”自責にならない”というルールが必要かもしれません。

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