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  • 2016.03.13

    「世界卓球日本代表女子チーム」と「牡蠣工場」

    水田道男

    先日の卓球の世界大会にはまってしまった。特に女子。

    試合そのものもそうだが、福原愛、石川佳純、伊藤美誠の3人の中心選手のキャラクターにも惹かれる。成毛眞さんがネットサイトにて「ど根性福原愛の度量、ツンデレ石川佳純の侠気、15歳伊藤美誠の純真」と表現されていたが、言い得て妙である。しかし私が何よりも興味を持ったところは、監督と共にコートサイドに並び、試合を観ている控え選手の在り様である。試合中の作戦タイム。コードサイドに選手がやって来て、監督の指示を仰ぐ。ここまでは普通のこと。で、その次に必ずその控え選手のアドバイスを受ける。あるいは、対話をする。むしろ、監督とのコミュニケーション量よりも控え選手との方が多い。気のせいか試合をしている選手の頷きの量も。

    その控え選手とは、若宮三紗子。

    彼女の試合を観る目力が凄い。食い入るように観ている。一瞬たりとも選手の動きを見逃すまい、僅かな変調をも感じ取りたい、そんな気迫こもった観察の様である。

    この「観察」、私の中のちょっとしたブームである。

    きっかけは、想田和弘監督の「牡蠣工場」という映画。観察映画と監督自身が呼んでいる手法で作られた映画である。

    あらかじめテーマやシナリオを置くことなく、目の前の現実を撮影と編集を通じて観察し、その過程で得られた発見に基づいて映画を作るというもの。

    静かに、淡々と、抑制をきかせながら丁寧に牡蠣工場の営みや、そこで働く人々の様子や日常が観察されている(ついでに猫も)。そして、私自身もいつの間にかその映像を鑑賞ではなく、観察している。そうすると、たくさんの発見、思い、ゆらぎ、余韻が立ち上がる。実に豊かな観察体験であった。

    若宮さんも、観察を通して多くの発見や気付きを手にしているのではないかと想像している。

    この「観察」、組織や職場の中でちょっとしたブームにならないだろうか?

    例えば、職場のメンバー同士でじっくり「観察」し合ってみる。互いの仕事の内容、仕事ぶり、仕事の進捗状況、仕事に伴う喜怒哀楽を。

    例えば、上司はパソコン画面から目を上げて、メンバーのことをじっくり「観察」してみる。結果の書類や資料ではなく、過程のメンバーの動きや様子を。

    例えば、会議でメールチェックを止めて参加者同士でじっくり「観察」し合ってみる。どんな表情で参加しているのか、どんな体勢で聞いているのか、どんな空気が流れているのか、を。

    例えば、経営者はプレゼンテーションにおいて原稿を見るのではなく、聞き手の状況を「観察」してみる。伝えているだけなのか伝わっているのか、心がそこにあるのか上の空なのか、を。

    私たちは、考え方、聞き方、問い方、話し方、行動の仕方には物凄く興味を持ち、学ぶことにも熱心である。一方で、観ることについてはお座なりになってはいないだろうか。

    観る力を伴わないコミュニケーションは対話にはならない。観る力を伴わない内省は反省に堕する。観る力を伴わないOJTや考課は強制や押し付けを生む。観る力を伴わない会議は納得を欠く。

    他者を観る、場を観る、そして自分自身を観ることに少し意識を向けてみませんか。

     

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