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  • 2016.08.30

    リーダーとナンチャッテの境目

    野元義久

    リーダーとナンチャッテの境目は何か?

    「この方こそは真のリーダーだ」と感銘を受ける人には共通したものを感じる。
    それは、他者がリーダーシップを発揮して取り組んでいるテーマを「自分のこと」と捉えていることだ。たまたま取り組んでくれているのは別の人だけど、本来それは自分(たち)のテーマでもあり、取り組みを進めている隣のリーダーに“助けてもらっている、進めてもらっている”と心から感謝しているのだ。
    あいつより先に良い成果を出そう、と競うことに終始せず、自分には関係ない・何も出来ないからシャットダウンしてしまえ、と目を背けていない。たとえ自分には縁遠いテーマでも関心を向ける。

    そしてナンチャッテは言わずもがな…で、自分のテーマの成功に執着し、他者成果との相対評価ゲームから抜け出ていない人だ。

    企業向けリーダーシップ開発のワークショップで、この感覚によく出会う。「目線が高い・低い」で片付けられないような気がしている。そもそもの個々の精神性や生き方が違う。そして組織文化も大きく影響している。

    ちょうど5年前の今日、私はあるリーダーシップ開発プログラムを受講した。およそ1年にわたり、山籠もりと下野での実践を繰り返す。そして「自分は何において、どのように、自分らしいリーダーシップを発揮していくのか?人生の目的・自分の役割は何か?」を同志23名と共に学ぶ旅である。属する会社・職場に留まらず、社会、世界におけるリーダーシップを考えていく。強烈な体験を繰り返し、何度も脱皮した。いや、させられた(笑)。

    ここで私が一番初めに学んだリーダーの要諦が「助けてくださいと言う」ことだ。ハンマーで殴られた感覚だった。これは本当に衝撃的だった。

    ある体感ワークを通して学ぶのだが、この手のことに手練れな私は「あ、これは助けてくださいと言うのが答だな」とすぐにわかった(いやらしい受講者・・)。
    しかし、言えないのだ。心からその一文を声にすることが出来なかったのだ。こっぱずかしい、とか、言わずに成し遂げてみたい、というレベルじゃない。自分の心のプログラムが言わせないのだ。ちゃんと喉まではくるのだけど、どうしても喉でひっかかる感じ。

    その夜はちっちゃすぎる自分を反芻しながら眠りについた。ナンチャッテ選手権の代表選手だと悔しかった。自力以上のことは絶対に成し遂げられない自分、ということだ。

    ブリコルールで好評頂いているプログラムに
    「次世代リーダー候補が事業や職場の問題を解決しながらリーダーシップを学ぶ」
    という1年がかりの企画がある。

    社の将来を背負って立つことが期待されたメンバーが集まり、互いに刺激と支援を与えながら進む。
    本人も驚くほどの成果を上げ、成長を遂げていく人も少なくない。1年かけて課全体の売上を倍増させながら自身がトップセールスになった4年目社員もいる。当初は大人しい印象の彼女は最終プレゼンテーションで聴き手を圧倒した。それだけでなく彼女は他のメンバーの取組みもサポートしていた。

    こんな場をたくさん共に過ごしてきて、真のリーダーの資質が嗅ぎ分けられるようになってきた。

    リーダーは他の人の取組みテーマにも真剣だ。
    「ホントなら自分も取り組まなければいけないテーマを、たまたまこの人がやってくれているんだ」というスタンスで臨んでいる。「助けてもらっている」という感覚で接し、広い視野と純粋な気持ちで同僚の取り組みを観ている。

    そんな彼女彼らは「助けてください」を厭わず口に出来るのだろう。言い換えると自力の限界、時間という資源、本来取組まねばならないテーマたちを冷静に分析しているのだろう。

    私も、経営者、リーダーのみなさんに、
    「世の中に必要な取組みをありがとうございます。助けて頂き、感謝します」
    そして
    「私たちの取組みも助けてください」
    と胸を張って言えるようでいたい。まずは無理にでも口にしてみよう。

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