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  • 2019.02.05

    娘との共育日記?

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    2019年も早1か月が過ぎた。
    時間が経つのは、早いもので、
    娘も気付けば1歳3か月となり、
    何にでも興味を示す時期に入った。

    外出すれば、大人の計画通りには進まない。
    1つ1つ興味を示した物に近づいていく。
    彼女は何を考えているのだろうか。

    「あれは何だ?」「どうやって開けるのか?」
    まだ言葉は話せないので、よく分からない。

    しかし、何かを指さす様子をみて、
    「あれは何だ?」と考えているのでは?と思い、
    声に出して「あれ何だろうね?」と自分も問いを立て、
    接してみると、彼女と同じ目線に立てると実感できる時がある。

    実際にその物を手に取って、「これ何だろうね?」と言うと、
    彼女は笑顔になり、喜んでいる様子。
    直接言葉で話せなくても、不思議と意志疎通が出来ている瞬間がある。
    問いが共有できたと感じた時だ。

    しかし、よくやってしまいがちなのが、
    娘が何かを指さしても、時間がない為、
    無理やり手を引き歩いていく。
    どうなるか?当然泣きわめく。
    彼女の「あれは何だ?」という問いに答えられていないからだと思う。

    娘はその問いを言葉には出さない。
    しかし、何らかの動作や掛け声で訴えてくる。

    何を考えているのか?何を気にしているのか?
    彼女の問いは見えにくい。

    しかし、彼女の言動を見て、聞いて、感じることで
    相手の問いに寄り添うことができる。
    そして、問いを共有できれば、同じ視界が見える。

    年齢や立場を超えて、問いを共有できるということにワクワクした。
    気付けば彼女と接する中で、自分も成長しているのでは?と思う。
    今後も彼女はどんな問いを抱いているのか、寄り添い共有できるようにしていきたい。

    話は変わるが、あるお客様との打合せの中で、
    自社の社員をスパルタ的に育成したいとおっしゃっていた。

    この背景にはどのような問いがあるのか?
    詳細は割愛するが、必ず問いがあるはずだ。

    この問いを自分自身は共有できているのか?
    同じ視界を見ることが出来ているのか?

    お客様の問いを共有できていなければ、
    お客様の満足する答えを出すことはできない。

    むしろお客様が言語化出来ていない問いを
    発掘するくらいまでやらないといけない。

    恥ずかしながら、相手の問いを考える点は、
    あまり鍛えてこなかった。

    今の自分の問いは、どうやって相手の問いを考えるか?である。
    具体的には次の2点に挑戦している。

    相手の話を聞く際は、頭半分は話を聞き、
    もう半分は相手の問いを考える。

    会議での議事録を取る際は、相手の発言と共に、
    相手の問いを考え、()内に書くようにしている。
    次に発言した人の発言から()内の
    問いが合っているかがなんとなく検証ができる。

    当然例外もあり、その場で考える余裕がなければ、
    後日考えるときもある。

    目に見えたり、耳にしたりすることの意味を理解するには、
    その裏側にある問いを理解することが大事。
    これは、仕事でも子育てでも共通の力なのではないかと感じる。

    今朝、早速例外が起きた。
    気付くと彼女はトイレの中に手を突っ込んでいた。
    嫁と私は悲鳴を上げる。
    今晩、嫁と振り返りの場を作ろうと思う。

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