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  • 2015.10.13

    糸井重里氏の人材募集コピーにみる言葉の行為遂行性

    水田道男

    1ヶ月ほど前になるが、株式会社東京糸井重里事務所が人材募集をしていることをひょんなことから知った(現時点では既に募集を終了)。興味があったので、ホームページを覗いてみると、

    「いい人、募集」

    というコピー。

    糸井さんの言葉で、「いい人」というのがもう少し詳しく砕かれてはいるのだが、この曖昧なふわっとした言葉が持つ力、もう少し言うと「行為遂行性」が凄い。行為遂行性とは、その言葉を発することそのことが、すなわち、その言葉の表わしている内容を現実に「行なう」ことになるということだ。

    当然、応募者には深く自問自答を要求する。「商品開発の経験がある人」「ロジカルシンキングやコミュニケーションに長けている人」なんていう人材要件よりも、圧倒的に内省を迫る。そして、「商品開発経験がないから応募しない」というような簡単な自己弁護を許さない。結果として、興味のある人の応募動機を更に高めるという行為遂行性を有している。

    加えて、それは当然、今東京糸井重里事務所に働いているスタッフにも(きっと、多分)。

    今、人事の世界では、例えば人材要件をより明確に、人事考課項目の定義をより詳細に、業務のフローはできる限りマニュアルに、という言葉がよく聞かれる。つまり、多義性を許容しない。誰が見ても、誰が読んでも解釈にずれが起きないような言葉が求められているような気がする。

    それはそれで必要な場面もあるのだろうが、問題なのは曖昧な言葉の横行ではなく、その曖昧さに向き合う努力の欠如の方だと私は思う。

    クリアーカットな言葉は、指示性があるだけで、問いが生まれない。つまり、行為に当事者意識が伴い難い。一方、曖昧な言葉は、問いが立つ。それが当事者意識の芽生えだと思うし、その問いを周囲の人と交換できれば、それは関係性の深化につながるし、協働の起点となる。

    糸井さんは同ホームページにて、次のようなことも語っている。

    「いい会社」だの「いい人」だの、
    あまりに曖昧なことばかり言ってるようですが、
    なにかを実現するときに、
    もっとも大事な芯になることって、
    ぼわっとしてあいまいに思えることなんです。
    ぼくは、そう考えてきました。

    私たちの会社は、「職場を、チームにする」ということをミッションとして掲げている。
    チームって、凄く多義的な言葉だと思う。でも、私はそれでよいと考える。

    先日も代表の野元の「水田が考えるチームって?」という問いから、「そこにいることで学びが促され、その学びをそこの組織に還元し、組織が学ぶ。そんな学びが創発している状態ですかね・・・」という対話が始まった。そして、同時に私たちの学びへの行為が発話と同時に、ある意味約束されて行く。

    大切なのは、言葉の定義を明確にすることではなく、その言葉から当事者意識が伴う行為が遂行されること。つまり、行為遂行性のある言葉、あるいは問いが立つ言葉を組織に意識的に残しておくことではないか。

    「自分の職場におけるいい人とは?」
    「いい職場とは?」

    この曖昧さに向き合ってみることも、時には必要ではないだろうか。

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