BLOG

  • 2016.04.28

    経験学習、すればいいってもんじゃない。

    野元義久

    「こんなん、おかしーよ!」

    ワークショップの途中で参加者が熱くなる。

    私が聴くほどに、言葉は荒くなり、繰り返す。

     

    こんなのは理想、

    机上の話、

    現場は違う…と言う。

     

    真剣だからこそ出てくる言葉だ。

    他の人も言わないだけかもしれない。

    部屋全体には少し緊張感が走る。

    熱さを受け止めながら、私は自分に「丁寧に、丁寧に」と言い聞かせてやり取りを続ける。

    最後は明るい顔で「よくわかりましたよ」と帰っていかれた。

     

    さあ、ここからが問題。

    このワークショップは全社員に向けて、これからあと5回開催される。

    この参加者が疑問に思い熱くなった理由はわかっている。

    私が最初に一つ、ある説明を省いたから、困惑を招いたのだ(時間的な制約で意図して飛ばしていた)。

    「よし、省いたメッセージはやっぱり次からは伝えることにしよう!」

     

    …さて、それはホントに良いことか?

    さっきの熱いやり取りは本人含めた全員が「考える機会」となり「深めて納得していく時間」となった。

    次の回、省いたメッセージを冒頭に伝えてみたところ、やはりスムーズに進んだ。

     

    …さて、スムーズなことはホントに良いことなのか?

    私には違和感がある。

    こちらが経験から学習することで運営はスムーズになった(私としてはその方が時間管理しやすいし、疲れないし、楽しい)。

    しかし、みなさんは深く学べたのだろうか?

    参加者が経験から学ぶ機会を私が奪ってしまったのではないか?

     

    人は、

    感情が動いた場面、と、

    以前からの知識や知恵が繋がった場面、が記憶に残る。

     

    前回の場はみなさんの感情も動いたし、最終的に知識や知恵が繋がって納得し新たな学びを得て帰られた。

    間違いなく前回の方が記憶に刻まれたはずだ。

    学ばせ手(あえてこう表現しておく)が経験学習することで、学び手の貴重な経験を奪ってしまう?

     

    学ばせ手をマネジャー、学び手をメンバーに置き換えると日々のOJTにも同じことが言える。

    効率を重んじ、スピードを優先するなら、マネジャーは自分の知恵を先回りして教えてあげた方がいい。転ばぬ先の杖を与えてあげればいい。

    メンバーにも喜ばれるなら言うことない。組織にノウハウが交流して活性化する。

    ただ、マネジャーが苦悩し工夫を繰り返して学びを得た機会をメンバーから奪ったのかもしれない、ということは忘れないでいて欲しい。

    経験から学習するチャンスが一つ減ったかもしれない。

     

    最後に、

    私には1歳の子どもがいる。

    学ばせ手を私、学び手を息子と置き換えてみても同じことが言えると思うと、…難しい。またこれも手ごわい宿題になりそうだ。

    2016/4 野元義久

メルマガ購読希望の方はこちら

メールアドレス
お名前

会社名

2015 copyrights BRICOLEUR