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  • 2017.02.17

    「職場開発屋」宣言!?

    水田道男

    経営層へのパーソナルコーチングやチームコーチング、サーベイの開発、営業モデルの構築、ビジョン策定のワークショップ、女性活躍推進系のワークショップ、階層別研修の構築、学習する組織を創り出す為の管理職への働きかけ。
    これら全てこの2週間程度でご提案の機会を頂いた案件テーマである。
    もう、これでは本当にブリコルールって、何屋か分からない。

    この万屋状態は、ずっと自覚しており、経営者としては「これではダメだ」と思いつつ、個人としては「それ故、大組織を離れたんだ」と自己肯定したりと、さまよい続けている。
    しかし、我々ずっと無策ではいた訳ではなく、身内での議論は絶やさずしてきている。
    その過程で何となく今、耳心地が良い言葉が、「職場開発屋」という自己定義である。
    職場とは、ある共通の機能で束ねられ、尚且つ心理的・物理的なつながりが感じられる組織単位という程度の定義をしている。組織図で言うと課単位、文化人類学的に言うと共鳴集団といわれる10人前後から最大数がダンバー数の150人程度という目途だろうか。

    今回は、その自己定義から、なぜ職場なのか、そして、なぜ開発なのか、ということを綴ってみたい。

    HRの領域で働きかけの対象としてよく用いられる概念は、個と組織というのが一般的であろう。そして、そこにダイバーシティ―とインクルージョンというベクトルが持ち込まれ、分化と統合という二律背反のエネルギーに対処する必要が生まれている。
    そして更に物事を難しくしているのが、ダイバーシティ―の仕方・在り方も多様であるという実態である。
    こうした実態をシンボライズする組織態勢は、組織図的な三角形ではないし、または円形でもない。私が思うのは、アメーバ―型である。アメーバ―をアメーバ―足らしめる核はしっかり保持しつつ、周縁は柔軟で、融通無碍で、凸凹があって、という状態である。
    故に、私たちがこだわりたいのが、「職場」であり「開発」となる。多種多様なしなやかな周縁のラインを描けるのは、「職場」でしかない。そして、そのラインは明確な方向性を持ってではなく、自己再帰的な運動の中で描かれる故に、「変革」ではなく「開発」的アプローチとならざるを得ない。

    また、こんな風にも言えないだろうか。
    拡大・成長・業績志向を強める企業組織は、増々個人に成長・結果・自己責任を求めるようになる。また近時では、働き方改革の大号令のもと、多様な個人の要望や働き方への対応に短期的ではあるにせよ苦慮する企業も増えている。滅私奉公にせよ、滅公奉私にせよ、持続的なモデルではないことは明らかである。ここに、職場が持つ地力が公と私の統合軸となる余地があるのではないか。その地力を開発するという可能性があるのではないか。
    「月曜日に会社に行くのが楽しい」ではなく、「職場に行くのが楽しい」という世界の創造である。

    冒頭に挙げた最近の提案も、「職場開発屋」としての色は多分に出ていると思う。

    パーソナルコーチングも大切だが、チームコーチングにもこだわって行きたい。研修は必ず、現場での個人の実践だけでなく、上司を含めた事前のレディネスの向上や、事後の職場メンバーを巻き込んだ実践をデザインする。営業モデルの構築は、構築後に職場単位でブラッシュアップ(改善)して行く仕掛けにこだわって提案している。ビジョンの策定は、言葉のデザインの前に、その職場にとってそもそもビジョンがどのような存在なのかから紐解いて行く仕立てにしている・・・・

    まだまだ粗削りな概念整理であるし、ソリューションとして明確化したものは無いのが現状であるが、万屋ではなく職場開発屋の私たちに何か投げかけて頂けるならば、共にそのキャッチボールを楽しみたい。

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